大洋ボート

ダーウィンの悪夢

 広大なヴィクトリア湖の湖面に輸送機の影が映る。青い青い空のような湖面。そしてカメラが上方を向くとその飛行機の白い姿が映し出される。つづいて管制塔での様子。着陸しようとしている輸送機とやりとりをする黒人の管制官。ヴーンとうなりながらガラス窓の室内をとびまわる虻がいる。新聞紙でたたき殺そうとして何回目かでしとげる男。それと前後して窓の外、虻よりも巨大騒音を響かせる飛行機の巨体が空港に滑走してくる。真面目なドキュメンタリーだが、この冒頭のシーンが鮮やかに印象に残る。ちょっとしたユーモアであり、監督の余裕を感じさせる。映画理論では、無関係な二つのものを交互に映すと二つの間でつながりができるという。たしかに輸送機と湖は映画の内容を見るかぎり深くつながっている。また虻のように飛行機は簡単にはたたき殺せない、とくにタンザニアの経済にとっては。しかし、そこまで意味づけなくても冒頭では、単にこの「つながり」(連関)だけを意識すればいいのだ。しかつめらしくはなく興味をもたせてくれる。そして映画の本題であるヴィクトリア湖畔におけるひとつの魚をめぐる世界経済規模の連関の問題にはいっていけばいい。

 60年代の前半、誰かがナイルパーチという外来種の稚魚をバケツ1杯分湖に放流した。これが猛烈に繁殖し在来種の魚を激減させるほどまでになり、湖の生態系をいちじるしく変えてしまった。ところがこの魚が食用になることがわかるとヨーロッパ先進諸国が目を付けた。現地に加工工場をつくり飛行場も整備した。現地の人々もムアンザというその町に続々と集まる。漁や好景気に沸く町での雇用をもとめてのことだ。だが加工工場がすべての人々を雇い入れられるわけもない。特にあぶれた女性は売春に走る。その結果エイズが蔓延して死亡者も頻出する。孤児たちはストリートチルドレンとなる。だいたいがこういう連関の図式である。白人の工場経営者、パイロットはじめ、現地人のさまざまな職業の男性、売春婦、孤児などへの粘り強いインタビューでこの地域の、ひいてはアフリカの惨状があぶりだされてくる。

 アフリカの貧しい国においては国家なんて名ばかりなのだろう。支配者が自分の周りのわずかな支持者を守ることくらいの力しか持たないのだろう。庶民を統制しようとすれば軍隊を動員するしかないのかもしれない。庶民は庶民で職や食をえようとすれば自分たちでつかむしかない。そこで無秩序な人口の移動と集中が起こる。ナイルパーチによる生活や経済の激変は、何もナイルパーチ一つの問題ではないのだろう。形を変えたナイルパーチ同様の問題が、アフリカの他の地域でも起きているのだろう。それもこの映画は暗示している。よほど大規模で恒久的な援助を先進国側がしないかぎり、アフリカの惨状はつづくのだろうし、どうやらそれも不可能に近い。また、援助を受け取る窓口が、それを独占してしまうという問題もある……。映画の政治経済的な内容面からの感想だ。

 インタビュアーは監督の担当かどうかは知らないが、根気よくかつ柔軟で、手慣れた様子がうかがえる。警戒気味だった人々もしだいにうち解けてきて、普段着の顔を見せる。白人たちは、生活のめどがたっているためか余裕がある。それでもインタビュアーの真摯な姿勢に押されてか、感傷的になって、現地の惨状も認めざるをえなくなる。最初は秘密にしていたことも口にのぼらせる。彼等のせいいっぱいの良心であろうが、職責を全うすることで家族を養うことしかできない、一にも二にもそれが大事で、それ以上のことは個人にとってはどうすることもできないとの嘆きも伝わってくる。また現地人はインタビュアーから同情を寄せられていること、自分たちが決して幸福とはいえないことを自分たちで知っている。親しい人の死にはさすがに顔を曇らせるが、それ以外の受け答えではむしろ淡々としていてある種たくましさすら感じさせる。夜警の男は、給料がいいので軍隊に入りたい、敵を多く殺したいと一点の疑念もなく望みを語る……。彼等は俳優ではないから自分の顔をそれほど意識しないだろうし、表情も押さえ気味だが、それにもまして強く感じ取れたことは、カメラを前にした人の表情とは何とさまざまで、無限にも近いのだろうかということだ。映画の内容にも匹敵するくらいの幻惑性が伝わってきた。

 映像的に強烈だったカ所をふたつ記しておこう。ナイルパーチは現地の人たちにとっては高価で口にはいることはない。はいるのは加工後の残骸である。集積場に骨と頭とわずかな肉が付着した残骸が大量に運ばれてくる。組んだ木に干すのだが、さばききれず地面にどんどん放置されていき、足の踏み場もない。それでも順番につぎつぎと木の上に手で上げられるが、地面の残骸にはウジがうようよたかっている。管理する女性の足下にも。そういう残骸でさえも金がないと手には入らない。子供がくすねていくのだろうが、やはり不衛生で病気の原因にもなると推察される。その女性の片方の眼はつぶれている。残骸から発生するアンモニアガスのせいだそうだ。もうひとつは子供に蔓延する中毒症状。魚の梱包材のプラスチックを盗んできて燃やすのだ。すると快感をともなう揮発性の有毒ガスが発生する。これを子供たちは取り囲んで吸引するのだ。見たところ、小学生の年齢にあたるのだろう。日本の例を出せばシンナーや接着剤に類似する物質なのだろう。死に至ることも少なくないらしく、衝撃的だ。

関連記事
スポンサーサイト
    23:50 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top
Comment







(編集・削除用)


管理者にだけ表示を許可
Trackback
http://oceanic.blog70.fc2.com/tb.php/43-1ebac7ed
プロフィール

seha

Author:seha
FC2ブログへようこそ!

カレンダー(月別)
07 ≪│2017/08│≫ 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
カテゴリー
月別アーカイブ
全ての記事を表示する
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
ブロとも申請フォーム
ブロとも一覧
ブログ内検索
RSSフィード
リンク