大洋ボート

地震

  東日本大震災と名付けられた巨大地震の発生から一週間が経った。現在も余震に見舞われている状態だし、機能停止してしまった福島第一原発にたいしては放射能を浴びることもいとわずに自衛隊や警察による放水がつづけられている。任務とはいえまことに勇気ある行動である。だが高濃度の放射能漏れという最悪の事態の可能性が完全に消し去られたのではないだろう。たたかいは長期間にわたる。阪神大震災のときのように、さあこれから復興だというばかりの気にはなれないのかもしれない。
  言葉がない。地震についてなにか書こうと日々思いをめぐらしたが、多くの人が口にするのと同じく私にも言葉がないのだ。これだけの大規模災害そのものにたいしても勿論だが、被災者にたいしてもにわかに言葉がでてこない。「絶望するな、頑張れ」という気持ちはこちらにはあるが、被災者はそんなことはとっくにわかっているだろう。頑張る人はすでにそうしているし、いくら励ましても頑張れない人もいるだろう。周りの人ができることは物資を供給し、住環境をととのえること、そのために可能な範囲で働くこと動くことしかない。だがテレビで映し出される被災者の悲惨な現状を目にすると涙がにじむことが多々ある。「がんばれ!」と思わず声をかけたくなることも事実だ。
  私は大阪在住なのでまったく無傷である。阪神のときも激しい揺れに直面したが被災からは免れた。また大きい病気や怪我をしたこともないので体験としてつなげられる材料がない。甚大な被害にたいしてなにも語れるとっかかりがない。かといって自分の身の幸福をいまさらながらありがたがる気持ちにもなれない。「頭がまっ白」という言葉はこういうときのためにあるのか。被災者の方々にたいしても地震の報に接した自分自身にたいしても今は語りたいという気が起きない。もう少し時間が経てば被災者の方々自身が声を発するようになるだろう。そのときにあらためて考えてみたい。
 
〔追記〕薬局で薬ができあがるのを待つ間、週刊誌を目にした。原発事故に関してずいぶん悲観的な見通しが書かれていた。週刊誌は新聞やテレビが伝えないことを狙いすまして書く傾向があるが、素人の私にはにわかには理解できない。重大な何事かが起きるまでは何事もないような顔をして過ごすしかない。何事かが起きたならば、そのときはそのときで考えたり動いたりするしかない。

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