大洋ボート

アリステア・マクラウド「島」

冬の犬 (新潮クレスト・ブックス)冬の犬 (新潮クレスト・ブックス)
(2004/01/30)
アリステア・マクラウド

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 人は長い期間の孤独にはとうてい耐えられるものではない、自分では認めないつもりでも人恋しさに突き動かされてなんらかの行動をとってしまう、また幻想に見舞われてしまう。そんな人のありようが書かれていて痛切に染みわたる。しかも女性主人公は人の群れのなかにいて孤独を自己認識するのではない。そういう時期もあるがほんのわずかだ。両親と死に別れ子供とも離反させられて、生涯の大半を小さな島で文字通り孤立無援の生活をおくるのだ。
  一年に何回か数キロはなれた本島(ケープ・ブレトン島)にわたって生活必需品を買いこむ以外には人と会うことはない。そしてそういう生活をえらんだのは他ならぬ彼女自身だ。子供を産んだ直後から伯母に預けて育ててもらわなければならなかった。病弱であった子供(女の子)にとっては本島のほうが環境がいい、それに老いた両親の手助けをしなければならないので自分ひとりが本島に残ることもかなわず、島に帰らなければならない。やがてその両親も死んでしまう。子供の父親にあたる青年も子供ができたことも知らないままとっくに他界してしまった。島の仕事といえば灯台の管理で、国からその報酬がはいるので金の心配はしなくてすむ。アンガスという名の女性はこのように周囲の環境や人間関係に翻弄されるのだが、声をあげて悲しむことはない。そうしなければならない、それが最善の選択だとわりきってしまうので読者はそこに凛々しさと潔さを見る。いや、それさえ目立たないほどに彼女の行動は、島と家族の環境によって彼女のなかに育まれた「自然性」に無理なく則しているように読まされる。倫理観として突出しないのだ。
  アリステア・マクラウドのすべての短編と同じようにここでも自然と風景の独特のうつくしさが丹念に描きこまれる。老いてしまった現在の主人公が見る窓を打つ雨の様子からはじまって、やがて若い時代の「短い春」が島の生活環境とともに描かれる。島ではかつては本島よりも立派な埠頭が建設されて、そこにロブスター漁の季節(春から秋の終わりまでだろうか)となると本島からたくさんの漁師がやってきて、埠頭ちかくに宿泊用の簡易な小屋をつくってしばらく滞在することになる。引き取り業者も船でやってきてつぎつぎと売買がおこなわれる。また盛りのついた羊や牛の雄を隔離するために島につれてきて放牧するということも行われた。小島も賑わいをみせた時期があり、この生活の風物詩ともいえる描写も簡潔で見事だ。またそれが単独でもじゅうぶん味わい深く読めるものの、やはりアンガスの「短い春」の楽しさとかさなる、アンガスを代弁するからだと読むべきではないだろうか。たとえば寂しげな自然の風景であってもアンガスを気遣うように寄り添う、そう読めるし彼女もまたなにかにつけて自然を友とする。
  やがてアンガスは漁のために島にきていた「赤い髪」の青年と仲良くなり結ばれるのだが、彼女にとっては初恋であり一目惚れから性交までの時間がたいへん短い、交わす言葉も最小限だ。彼の小屋でだれもが寝静まった夜たった一回セックスをして妊娠する。この過程もマクラウドの魔術にかかったようにたいへん好ましく、かつまったく自然なことのように読まされるのだ。漁が終わると、青年は結婚の約束をして島を後にする。だが青年は書いたようにまもなく死んでしまう。林業の仕事中に事故にあった。やがて出産となるが、相手がだれなのか不思議にもだれも知らない。どういうわけか、彼女もそれを口に出すことを拒む。作者による説明はなく、読み終えてから読者が想像するしかないが、青年の家族に知られて子供を略奪されることをおそれたのか、伯母に預けるほうがまだしもと思ったのか。逆に青年の家族に負担をかけまいとするのか、明らかではないが、このアンガスの頑なさもまた彼女のなかの「自然性」から発せられるように読んでしまえるのだ。
  そしてまた、作者マクラウドによって意図的に省略されたもっと重要なことがある。預けた子供のことだ。子供の身を思って伯母に預けたアンガスだが、伯母は自分の子として育てたいと言い出しアンガスもそれを受け入れた。やがて子供が成長すると出生にまつわる事実を知ることにもなろう、実子や伯母とのあいだに溝ができてくる。子供はアンガスに捨てられたとの思いをもつのか、アンガスもまた子供のそういう思いを想像して自責の念にさいなまれるのか、アンガスは子供を諦めたといえばそうにちがいない。だがアンガスの子供にたいする思いのもろもろはなにも書かれないのだ。その代わりというべきか、飽きることなく思い浮かべるのは例の青年の面影であるが、最後にきてこの両者、つまり死んだ青年と嬰児のとき以来会ったことのない子供が感動的に結びつく。青年とウリふたつの「孫」が島にやってくるのだ。私はうるうるした。よかったなあと声をかけたくなった。子供への抱えきれない思いが省略されているからこそ胸を打つのだ。
  アンガスは島でたったひとり歳をかさねていく。そんななか、アンガスは面影の青年にたいして一度浮気をする。島の付近でサバ漁をしていた男たちをさそって関係を持つのだが、性にたいする飢えと人恋しさがアンガスのなかで同時に頂点にのぼりつめるように、見事にかさなる。そしてアンガスも自身のそこまで達した「自然性」にまったく従順になる。船が島に近づいてくる。アンガスはそれを過剰に意識しながらも抑えようとする。

彼女は家に帰って、乾いた作業着に着替え、濡れた作業着を外に干した。灯台へ登りながら肩越しにふりかえったとき、洗濯綱に吊るされた作業着が立っているように見えて、ぎくりとした。(p216)


  ここは読者も「ぎくり」とするところで、船の男のことが心にあることにアンガスが自分で気づくことを表していると思える。
  マクラウドは島の灯台を守り、やがて老婆になるアンガスにかぎりない同情とやさしさを寄せて、読む者にしずかに訴えかけてくる。そうして老婆の運命をできうるならば変えてやりたいという思いが最後になって見事に結実する。老婆ははたして死んだのか。小説のなかのそれまでの「事実」に則すればそうなのかもしれないが、あまりにも報われない生涯ではないか。羽化登仙という言葉がよりふさわしい。神話的存在として作者は老婆=アンガスを彫琢することに成功した。
 書き出しを引用しておこう。「ビーズのカーテン」も例によってうつくしいが、ここでは「待っていた」がより重要な意味を持ち、全体につながる。迎えにきてくれる死んだ青年(=架空の人物の「孫」)を無論「自然性」に裏打ちされてアンガスは待つのだ。

  島は一日中雨だった。彼女は待っていた。ときどき、雨がピシッという音とともに横殴りに窓を叩いた。もうすぐ霰になるというしるしだ。しばらくすると、それはほんの一瞬、窓ガラスの上に小さな球となってあらわれ、次の瞬間にはガラスの上を静かに転がり、一粒一粒の水滴から流れる繊細な川となって落ちていった。窓にはほとんど触れずにまっすぐ降ることもあったが、それでも、ガラスの向こうに、部屋の出入り口にかける繊細なビーズのカーテンのように降っているのが見えた。(p188)


  冬の入り口に季節がさしかかった夜だが、こういう寂しい風景でさえ、主人公を応援するように読める。
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    03:56 | Trackback : 0 | Comment : 2 | Top
Comment
2011.06.25 Sat 20:41  |  seha #-
>supremekicks さん、ありがとうございます。

自分の感想文をあらためて読んで、稚拙さにあきれながらもこの小説を思い出し、またうるうるしてしまいました。
最後の「劇的なハッピーエンド」は作者マクラウドが女性主人公に同情して創ったものだと思うのですが
つまり小説のなかの「事実」ではなく、主人公の幻想だと思うのですが
計算されていて不自然ではない、むしろたいへん劇的な効果をあげているのではないですか。

読書をつうじてまた「埋もれた結晶」のような人生にめぐりあいたいと思います。



Re: タイトルなし  [URL] [Edit]
2011.06.25 Sat 01:22  |  supremekicks #-
初めまして。

僕もこの作品読みました。人伝に、大体の内容を聞いてしまった後に読んだ本ですが、とても印象的な作品だったことは今でも覚えています。内容の最後は劇的なハッピーエンドと言うことで読み始めたのですが、同じような解釈は出来なかっただけに余計に心の中にあるのかもしれません。

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