大洋ボート

冷たい熱帯魚

  厭なものを見てしまったという感覚に引きずられる。稀代の悪党にたいして小市民が単独でいかに立ち向かうかということが主題であるが、小市民的な従順さや臆病の殻を破り捨てるどころか、人間の倫理の根元まで破壊してしまわずにはいられない、殺すことや自分が転落することなどどうでもいい、ありったけの力を噴出させるにはいっさいの規制をとっぱらうしかない、死にたくない、負けたくないという大反転攻勢だ。つまりは相手の悪党よりももっと破壊的にもっと悪くならなければ悪党を打倒することができない。そんなように追いつめられてやってしまう主人公の突然の変化がたいへんあざやかに描かれている。と同時に、これでいいのかという疑問も湧いてくる。もっとまともな抵抗の仕方があるのではないか、映画のとおりなら主人公の行動はいってみれば破れかぶれであり、人間の弱さの表れでもあろうからだ。それは指摘しておかなくてはならない。だがその一方で、私自身が映画に描かれたような環境にたたき落とされたとき、どれだけの行動をとれるのかと言われれば、自信のある答えをにわかには返すことができない、そういう自分の部分も大いにあることも記しておかなくてはならない。私にも弱さがはびこっている。
  でんでんが演じる悪党は、埼玉の保険金連続殺人事件や愛犬家連続殺人事件の犯人が明らかにモデルだ。こんな悪党、とても居そうにないとそれ以前は思われたような人物だ。うまい話をもちかけて金を巻きあげたあげくその人を闇に葬る。死体の処理も手慣れたもので専用の家屋が用意されている。死体を包丁でバラバラに切断するのだが楽しくてたまらない様子で「これが肝臓だ」「これが」ちんぽだ」といって主人公の吹越満にみせびらかす。殺人の快感はセックスの快感にも共有される。そういうことを繰り返して膨張する。しかも普段はみてくれのいい熱帯魚店の オーナーとして堅気を装っている。倫理観などひとかけらもなく、連続殺人の生理的快感が染みわたっているのだ。
  吹越満は富士山の麓の町で小さな熱帯魚店を営んでいるが、娘の万引き事件のときにでんでんに助けられ、そればかりか娘をでんでんの店の店員として雇われることになる。この出だしがあざやかで、でんでんは親切丁寧だがおしつけがましいところがあり自分の言葉に酔うように喋りっぱなしで、どんどんことを運んでいく。またでんでんの店の従業員ときたらすべて若い女性で、しかも短パンに薄いティーシャツというユニフォーム。視聴者は胡散臭さをぷんぷん嗅ぎとってしまうが、吹越や妻の神楽坂恵は押し切られてしまう。そこへさらに高価な熱帯魚の共同購入の話が、でんでんから吹越やほかの熱帯魚店主にもちかけられる。吹越が殺人の共犯にされるのはそこからまもなくだ。
  ここからの吹越の態度は私たちにも身に覚えのあるところではないだろうか。最初に度肝を抜かれてしまって気が付いたときには後戻りできなくなってしまっている。そして従順にしていれば危害を加えられることはないだろうとの判断が恐怖とともにはたらく。これは私たちの日常にも共通点があるもので、妥協したり引き下がったりすることで生活を維持しているという側面があって、そういう身に染みついた態度がここでごく自然に露出する。だが、でんでんはそれを百も承知で、吹越をどんどんいじめ、いたぶることをやめない。吹越も娘が人質にとられたと同然の状態なこともあって竦む。
 「地球は46億年前に誕生して46億年後に消滅する」これは「解放」された吹越が妻を伴って訪れるプラネタリウムの字幕だ。この場面は2回出てくる。吹越は何を思うのか、説明はない。人間のちっぽけさと宇宙の気の遠くなるような営み。あるいは宇宙の壮大さを思えば、人間の存在や倫理など塵ほどの価値もないという妄想をはぐくむのだろうか。説明がないところがかえって無気味だ。死体処理の家屋は女神像がいくつもかざられて宗教施設の外観を呈している。ブラックユーモアだ。それに室内のおびただしい蝋燭。わずかしか映らないが、富士山の映像がまた少し寒くなる。うつくしく撮ることが慣例になっているような山だが、距離が近すぎてうすぎたなくみえる。園子音という監督に非常に興味をもった。

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