大洋ボート

アリステア・マクラウド「帰郷」「失われた血の塩の贈り物」

灰色の輝ける贈り物 (新潮クレスト・ブックス)灰色の輝ける贈り物 (新潮クレスト・ブックス)
(2002/11)
アリステア マクラウド

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  マクラウドの文体の魅力について書いておきたい。もっとも翻訳文をつうじてであるが。「帰郷」は父の故郷であるケープ・ブレトン島に、父母にともなわれて子供が訪ねるという話。祖父母が健在で同島に暮らしている。子供は炭坑でいまだに働いている祖父を父と一緒に迎えに行って、祖父に抱擁されて服と身体を汚されてしまう。仕方なく職場のシャワーを祖父とともに浴びる。その帰り道での海の風景。丘を登るにつれて海の眺望が広がる。

僕たちはゆっくりと歩き、ほとんどしゃべらない。ときどき、おじいちゃんが足を止めて、今来た道をふりかえっている。ものすごくきれいな眺めだ。太陽は、まるでもう疲れたというように海のほうに向かっている。海はどこまでも青く、どこまでも広い。あまり広いので百個の太陽が落ちてもだいじょうぶそうだ。太陽は、海の青さと草の緑を分ける細長い砂浜を、おだやかな金色に染めている。緑の草原は海に転がり落ちるように続いている。(p104)

  沈みつつある太陽を「まるでもう疲れたというように」と表現するのは身に覚えがある。子供の頃、外で遊び疲れたとき、もうそんな時間かというくらいに早く時間が過ぎてしまって夕刻になる。太陽の色も白金色からオレンジ色にしだいに変わっていく。そのさまがまるで身体の疲れとぴったりかさなるように思えてくる。もう帰宅しなければならないという諦めもある。懐かしい気がする。もっとも、この短編では子供は疲れてはいないので、私の思い出を結びつけることはやや強引なのかもしれない。旅の緊張感は彼にあるのかもしれないが。だがそういうこととは別に、しだいに色を弱めて変化する太陽をそれだけで「疲れた」と表現することは巧いと思いたい。また、その太陽はここでは小さい。都会では地平線は見ることはできない。道に立てば、建物に両側をさえぎられて、落日は地平線をさえぎるとおくの建物の彼方に消える。空の空間がそれだけ狭い分だけ太陽もまた大きく見えるものだが、さえぎるものが何もないとやはり正直に小さく見えるものだろう。それに見晴らしのいいところに立てば水平線は直線ではなく円弧状に見える。また水平線の横の広がりだけではなく、縦にも海は長くなって見える。海はそれだけ広くなって解放感をもたらしてくれるが、海の広さを直接的にではなく「あまり広いので百個の太陽が落ちてもだいじょうぶそうだ」と、太陽の小ささを使って表現するところが、両者を同時に言いあらわすことにもなって立体的ではないか。
  「失われた血の塩の贈り物」は義理の祖父母に子供をあずけている男がそこに、つまりケープ・ブレトン島に訪ねていく話。彼は離婚し、その妻はのちに夫となった男とともに交通事故死した。そういう事情があってか祖父母は気をつかい、子供には彼が父であることを伏せている……。二つの短編の主人公はともに島にとってはよそ者であるが、島のうつくしい風景を描きだすのはやはり島を知り尽くしたマクラウドの眼差しそのものである。冒頭ちかく、主人公が港に立って、たった今スコールに見舞われて過ぎた風景をいつくしむように眺めるところ。

さきほど、横殴りの灰色の雨をともなって海から押し寄せてきたスコールは、不意を遅う盗賊のごとくたちまちいなくなってしまった。スコールの襲来を受けて、あらゆるものがあっという間にずぶ濡れになったが、今はその透明な水滴に、太陽が無数の虹を注入している。港の入り口のはるか彼方には小さなスコールが発生して、海の上を猛スピードで移動しているらしく、青い海が陸との境目の向こうで灰色に変わっている。雨と距離、それに目の疲れでそう見えるのか。(p136)


  これもうつくしい文章ではないだろうか。スコールが足早に移動するさまに感嘆しながら主人公は虹について語る。目の前に小さな虹がかかっているのかいないのかは文面上はわからない。まして「無数の虹」を見ているのではないことはあきらかだ。ならば何故「無数の虹」と書くのか。「ずぶ濡れ」になった地表のあらゆるところから水滴が飛散し、また雨上がりといっても霧状の水滴はいまだに降りつづいているのかもしれず、それらに太陽光があたってあらゆる場所に固有の虹が発生する。見る場所によってそれぞれにちがう虹が眺められる。一個所からそれらの虹のすべてを見ることはできないが、想像上で合算して「無数」と呼ぶのだ。だからここでの虹は大空にかかるものではなく地表近くにあらわれるものをさしているのだろう。草花に冠のようにかかる虹もあれば、見た目数メートルほどの虹もあり大小さまざまだ。私が今解釈を加えたようなことを内省させられるために、「無数の虹」のところで何回読んでも立ち止まらされる。複雑さをぎゅっとひとつかみで表現した簡潔さが、私にはすばらしく思える。スコールの素早い移動を見習うかのような視線の移動の早さもいうまでもない。
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