大洋ボート

ノルウェイの森

  他者はわからない、何を考えどう行動するか予測がつかないし、その行動の結果も解釈することをときとして拒む。だが私たちは他者との交わりなしには生きていけない。たんに社会生活のうえでそれが必要不可欠というだけでなしに、人を好きになるという気持ちがあるからだ。愛という大きい感情に行き着けるかどうかわからないが、少しでもたがいに「好き」という気持ちがあればつきあうことが可能だし、そうなるとより多く深く相手のことを知りたい、理解したいという欲求も湧いてくる。だが何か予測しない事態が両者の間に起こると、またしても他者はわからないという嘆きに逆戻りさせられる。しかしそれでつきあいが終わるわけではない。別れたり出会ったりしながら、何度でも他者との交わりを試みる。他者はわからない、だが「好き」という感情は本能のように尽きることがなくみえる。その感情にたとえ相手が応えてくれないにせよ。そしてまた「好き」という自分の感情でさえどれほど確かなものなのか、惰性なのか、疑ってしまうことも少なくない。できることを、信じたことを信じた分だけやってみるしかない。この世界とはそういうものだ。そしてこの映画の主人公松山ケンイチはそれを知っている。知っていて、疲れ、無力感にもとりつかれ、距離をもとうともするが、その世界で生きるしかないことを認めてあきらめるように戻らざるをえない。
  主人公松山ケンイチの静かな語り口がよい。高校時代に友人が自殺したことが滑り出しで、彼にとっては不可解そのものの事件で、そのことが最後まで重要なモチーフとして持続するのでふさわしい。幼いのではない、訥々としているのでもない、沈みそうになりながら冷静に前を見つめて正確に語ろうとするのだ。多弁で明るく装うように見えるのは自殺した友人の恋人でかつ幼なじみの菊池凛子で、私には太陽のようにもみえることもあったがショックは計り知れないようで療養所暮らしの身。女優として裏表の二つの感情を表現するのが巧みだ。彼女が東京に彼を訪ねて来ることがあったが、多くは年に何回か彼が療養所を訪ねて合う。勿論ふたりは仲良しで肉体関係もできる。だが菊池には死んだ恋人の面影も忘れられない。松山にとっては菊池はたいへん危うい、彼自身の力では健康を取り戻させることのできない存在だ。また松山には東京の大学で知り合った同期のガールフレンド水原希子もいる。水原は松山に「好きな人」(菊池)がいることを知っていて、作り話であろうか、自分にも恋人がいることをうちあけてそのつきあいのありさまを語る。水原にとっては彼は二番目の男性といいたげだ。この水原希子という女優は若さに輝いていて、菊池凛子に老いの影が少し入っているのと対照的で、学生の松山が惹かれるのもさもありなんと思わせる。肌がすべすべだ。だが水原も天真爛漫ではなく、目の前の松山だけではなくとおくを眺めながらのような語り口をする。自分の思う世界をなぞるように。これは水原だけではなく松山や菊池にも(それ以外の人たちにも)共通する語り口だ。水原もまた具体的には不明だが、人間関係で傷を負った空気を漂わせる。
  この三人には(それ以外の人たちにも)性にたいするコンプレックスがある。恋愛へつうじる呼び水でもあるし、性そのものへの俗物的興味もある。松山は道徳家ではないから、機会があたえられれば応じてしまう。後腐れのないセックスもセックス、菊池とあってするのもセックスということだ。松山にはセックスは数少ない確からしい欲望であるようだ。やりたいという欲に抗しきれない。だがそれだけで人間関係が円滑になるものでもない、自分としても一時の満足でしかないことも知っている。さらに松山ではなく、セックスがうまくいかない場合、障害意識として根強く残ってしまうことも描かれる。これは菊池と死んだ恋人とのあいだでのことで、ここから松山には友人の自殺の原因がおぼろげに見えてくる。だが全てを理解できるにはほどとおく、友人と菊池の「他者の闇」はさらに濃密になる。それと関連する菊池の悲劇的な結末。一番手応えがあるところだが、ここへ持っていくために映画全体があるのではなく、はじめから薄墨色の寂しげな空気感がただよっていて、それがこの映画の狙いで見事に成功している。若い人が性愛と人間関係にどっぷりとつかった世界からみた恒常的な寂しさというのか。
  名カメラマン、リー・ピンビンの腕がここでも冴えわたる。日本の緑深い山や草原の風景が目に染みる。外国のようではないが、スケールの大きさが感じられる。日本人カメラマンが撮ると印象のちがったものになるのかもしれない。映画のテーマに響き合うような寂しさ、かすかな痛みさえにじみだしてくる気がした。
  ★★★★
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