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小松義夫『世界の不思議な家を訪ねて』

世界の不思議な家を訪ねて―土の家、石の家、草木の家、水の家 (角川oneテーマ21)世界の不思議な家を訪ねて―土の家、石の家、草木の家、水の家 (角川oneテーマ21)
(2006/02)
小松 義夫

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  副題が「――土の家、石の家、草木の家、水の家」となっているように、珍しい素材でつくられた住居を世界中に訪ね歩いてカメラに収めた本だ。後尾の「水の家」とは珊瑚礁に囲まれた浅瀬や湖のなかに高床式で建てられた家のことで、水が建築素材という意味では無論ない。なかなか面白い。普段は私たちは戸建てとマンションやらのちがいはあっても、どれもこれも同じような家ばかり見慣れているので、ちょっとした文明的ショックを受ける。それもオーストラリアの宝石発掘のためにつくられた立派な地下住居のような超現代的な家よりも、何百年かそれ以上繰りかえして今だ建てられつづける古さをもった家の方に惹かれる。もっとも、その地下住居も灼熱の地上にある砂漠の家よりもずっと涼しく快適だそうで魅力的ではあるが。
  アフリカはイエメンのハジャラというところには切石を高く積み上げたビルディングのような建築が肩を寄せるように郡立している。それも平地ではなく峻険な山を覆いつくすように。何故だろうかと疑問が湧いてくる。平地の方が地盤が軟弱だからか。それにしても石を積み上げただけなので鉄筋で補強することなどできないはずで、地震が少ない地域だからこういう方式が可能なのだろうか。紀行文なのでそういう学問的な説明はないが、そこがかえって想像をかきたてる。建設機械などないから、重い石をどうやって積み上げるのか、人力や原始的な大がかりな道具を使うのか。大きな切石を使うのは、それが地域の特産だからだろう。樹木の生い茂る地域ならば、それを家の建築素材に使うだろうし、粒子が細かくて粘りけのある土が豊富にあれば、それを固めて乾燥させて使う。地域によって異なるそういう合理性を地元の人々は、先人から知恵として受け継いでいる。
  それに家造りは合理性のみでかたづけられるものでもないようで、なにかしらそこに遊び心を見るようにも思える。ポルトガルのモンサントという村の家も驚く。家の真ん中から巨岩がつきでた格好になっている。天から岩が降ってきて家に突き刺さったような錯覚を覚えるが、これは巨岩を取り除くことをせずにそれを中心にして家を建て瓦屋根をしつらえたからだ。日本人なら通常はこういう作り方はしない。どんな狭い空間でも急峻な斜面でも、まずは家の敷地は岩なら岩を取りのぞいて、広さが必要なら石垣をつくって確保したうえで、真っ平らなものにしてしまうだろう。そこから家を建てはじめるだろう。日本人は杓子定規なのかもしれない。遊び心と書いたが、ポルトガルの地方の人のそのやりかたにも合理性はある。岩をどける労力は省けるから。
  珍しい家の紹介とともにこの本の魅力は旅の苦労話である。生半可ではこういう旅はできないことがよくわかる。対象とした地域は交通の不便なところが大半なのでたどり着くまでがたいへんだ。日数がかかって不経済だ。しかもアフリカを目指す場合は、あらかじめパリへ寄ってマラリアの予防接種を受けなければならないそうだ。(この本の初版は2006年で、現在は日本でそれが可能かどうかはわからない)現地へ行っても治安の問題がある。さらには写真撮影には丁寧に断りを入れなければならない。地元の人の警戒心を解くのに有効なのは家人(妻)を同伴することだそうだ。それに気候。今年の日本の夏は異常に暑く辟易させられるが、アフリカのチャドはなんと60度。働きすぎると熱射病で死んでしまうという。中クラスのホテルにチェックインしたが、停電でエアコンは効かない、水道は出ないで最悪の目に小松さんは会った。水分を欠かさないように用心してベッドにぐったりしているとやがてベッドが体温で「冷えてくる」というから「へえー」と声に出したくなる。そこは泥で固めた家が取材対象だったが、重労働らしくその家の中に入れてもらうと「天国」の涼しさだったという。鍾乳洞の内部の感じか。 
  セネガルのエルバリン村には天井に穴の空いた草葺きの家が群れをなしている。雨水を家のなかに貯めるためで、井戸を掘っても塩分の多い水しか出ないから、これなどは合理性の範囲内か。しかし私はどうしても遊び心をいろんな家に空想してみたい気になる。必要に迫られてのことが大半かもしれないが、また人類であるかぎりは何処に住もうと最低限の文明としての家が必要で、地域性に合った素材なり造りなりになるのだろうが、なにかしら人とはちがった家を作ってみたい、そこに住んでみたいという遊び心を人は抱くのではないか。創造欲や自己顕示欲といってもいい。そしてそれが繰り返し作ることの可能性と結びついたときに珍しい家として定着する。何の根拠もなくそう思いたいのだ。カンボジア・コンレサップ湖畔の「水の家」は雨期には家のまわりは水浸しになって船が交通手段となり、乾期にはからからに干上がって魚の干し場や子供の遊び場となる。歩行や乗り物が交通手段となるのだろう。四季による自然の変化がもろに味わえそうだ。それにペルーのチチカカ湖の浮島の家。テレビでも何回か見たことがあり、観光名所にもなっている。実際は湖底とは草の茎でつながっていて漂流することはないそうだ。両者とも、自然環境と直に触れあっているというか、その懐深く食い込んでいる印象がある。あこがれが生じてきて、せめて一泊でもしてみたい気になる。
  浮島の住民にも現代文明が入り込んで、太陽パネルが普及して電気には事欠かなくなったそうで、これはこれで浮島を永続きさせる手段になるにちがいない。新書サイズながら写真が豊富で、文章も平易だ。

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