大洋ボート

アウトレイジ

  やることが上から、あるいは所属する固有の集団の掟によって決められていて、個人としては逃れようがない、だからやるしかない、突進するしかない。またそれにくわえて、その集団が立て前のうえで崇める面子や復讐心にもかき立てられる。そういう人間の群像をヤクザ社会に舞台を借りて、ねちっこく描いてみせている。ヤクザ社会だからとはいわないが、暴力がだましが裏切りが蔓延する。昨日やれば今日は自分がやられるという応報の循環がある。ヤクザ個人はそこから逃れられないので「不自由」といえる。自由がわずかにあるとすれば「敵」をやり過ぎるくらいに痛めつけるか、手加減するかという狭い範囲での裁量にしかない。
  冒頭のシーンが胡散臭さが出ていておもしろい。総本山の北村総一の大邸宅に黒塗りの車がところせましと集結する。親分衆や幹部連中の車だが、カメラがゆっくりと横に動いてその台数の多さを見せつける。この時間の長さが凝っていて、やっとこさ停止すると俳優同士の会話になる。後の場面になると窓から馬鹿でかい盆栽が見える。これもニヤリとさせる。だが会が流れる直前に早くも北村が罠を仕掛ける。そこには居ない石橋蓮司の組の運営について石橋の兄弟分の國村隼に苦言を吐くのだ。それが血で血を洗う内ゲバ的抗争のはじまりとなる。実は子分衆を争わせてその稼ぎを「直轄」にしてしまおうという北村の陰謀である。國村隼は兄弟分に直接はたらきかけるよりも、別の組織のビートたけしに相談を持ちかけ、ビートたけしと石橋蓮司の抗争がしだいに本格化する。
  どちらの組が勝つのか、北村親分の陰謀は成功するのかという興味から入っていったが、どうもちがう。殺されたり負傷させられたりして退場する人物群に力点が置かれて描かれるのだ。しかもその暴力が残酷かつ精細に。ある男は敵対しかかった組に詫びを入れるため若い組員の指を持っていくと、お前の指も切れと言われる。よしそれならやってやろうじゃないかと啖呵を切ってみせるが、持ってこられたのが文房具のカッターナイフ。侮辱された気になってさて男はその後どうするか。こういう細部へのこだわりがこの映画の狙いのひとつで、後にもつぎつぎと出てくる。残酷であるとともにギャグをみるように苦笑させられる。へえ、よく思いつくもんだと感心しないでもない。セリフが最小限に抑えられて静けさと無気味さのリズムを作っているのもいいか。そこから醸し出されるのは先に記したような個人の無力、派手に動いているようでその実、うめきながらもどうにもならなくて動けない、決められたことしかできないという諦めの感情ではないだろうか。これだけしか私には残らなかったので寂しい思いがした。
  全員が悪人で善人らしき人物が見あたらないことは決して悪くない。俳優陣も充実しているし、構成もすぐれていて最後まで緊張感が途切れない。こういう美点があるだけに残念だ。
  ★★★
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