大洋ボート

夏目漱石『こころ』(2)

  主人公は娘さんを最初に見たときから恋心を抱くが、それをなかなか打ちあけずにぐずぐずする。これは主人公の恋愛にたいする特異な接し方で、漱石その人のものでもあると思える。女性観や人間観として私からみればたいへん窮屈に映るものだ。ある場所では、主人公は自分たち世代の特色だという説明をするが、それだけとは思えない。そしてまた反面、ぐずぐすることが、主人公がそれを娘さんなり奥さんなりに何時言おうかと何時言おうかと毎日のように煩悶することが、この小説に小説としての迫力ある動きを与えている。
  片思いと決まったのではないから未練を引きずるのでは勿論ない。娘さんの素振りに冷酷さを見たのでもない、十分に脈があると踏んでいた。また自分の気持ちに熱さが足りないと見たのでもない。なにかしらKに追いつかれそうになって初めて、娘さんではなく奥さんに切羽詰まって打ちあける。これがいかにも遅すぎるのだ。恋心を男性からうちあけて、もし女性が好ましい返事を返してくれたならそこからつきあいがはじまり、お互いに気持ちを育てていく、そういう今日風の恋愛の風景は成立しようがない。何故か。主人公は、自分から言わないままで、娘さんのほうから恋心の確証がもたらされることを陰に籠もってじりじりと待つのだ。極論すれば、打ちあける前に相思相愛の状態が仕上がっていることを彼は望む。こういう恋心のあり方は奥ゆかしいのか、言い方を変えるのではなしに私には異常に見える。照れや自信のなさは恋愛につきものだが、主人公にもその傾向はあるのだろうが、それとは峻別すべきものがはびこっているようだ。縮こまりと頑なさ、それに虫のよさが窮屈に同居している。Kは勿論、下宿の二人の女性も主人公のこの性向を知らない。もし知ったとしたらどうだろう。主人公が娘さんを好きという恋心は二人の女性にとっては嬉しいにちがいないが、そのあり方だ。気持ち悪く取るのだろうか、真面目と思うのか、小説の範囲外のことで、そこまではわからない。好都合なことに、主人公から見れば、二人の女性は彼を「鷹揚」な人だと好ましく誤解してくれている。外面においては彼は奇人ではなく、二人の女性と世間話をして快活に時間を過ごせる人である。Kもまた主人公を自分のように学問探究一筋ではなく、学問と社会的つきあいとの両方に目配りの効く人物とみなして頼りにするようだ。
  この主人公の外面の「鷹揚」さが、小説の表面上を落ち着いたものにしている。主人公やKがあらたに加わっても、女性二人の生活は以前と何ら変わらない。たとえば娘は下手な琴の練習をずっとつづけて艶やかな空気をふりまく。主人公の衣服を買うために、二人の女性が主人公を連れていったりするのは、むしろ明るさが増すようだ。その一方で、主人公は外見を装う自分と、娘さんが好きだという「真実」を抱えた自分とに分裂する。この小説の鮮烈で、かつ深刻な中心部だ。
  真実をいつまでも二人の女性に黙っているのと同様に、主人公はKにも黙っている。この両者は同じではない。前者の延長線上に後者が位置するのは事態の推移や勢いもあるが、後者には嫉妬とエゴがさらに加わっている。先述したように、後になって主人公は後者を痛切な罪責意識でふりかえる。だが前者にたいしては主人公は後悔も反省もしない。偏狭な恋愛観であることは自身で承知しているものの、私はこういう人間だ、こういう態度で接する以外にはなかったとふりかえる。この両者の関係は注意しなければならず、また私が今回ひっかかった個所である。重複するとは思うが、ここをもう少し見ていきたい。

私はその人に対して、殆ど信仰に近い愛を有っていたのです。私が宗教だけに用いるこの言葉を、若い女に応用するのを見て、貴方は変に思うかもしれませんが、私は今でも固く信じているのです。本当の愛は宗教心とそう違ったものでないという事を固く信じているのです。私は御嬢さんの顔を見るたびに、自分が美しくなるような心持がしました。御嬢さんの事を考えると、気高い気分がすぐ自分に乗り移って来るように思いました。もし愛と不可思議なものに両端があって、その高い端には神聖な感じが働いて、低い端には性欲が動いているとすれば、私の愛はたしかにその高い極点を捕(つら)まえたものです。私はもとより人間として肉を離れる事の出来ない身体でした。けれども御嬢さんを見る私の目や、御嬢さんを考える私の心は、全く肉の臭いを帯びていませんでした。(p175)


  主人公が娘さんを見初めたとき以来の感慨を述べている。「宗教心」に似た恋心で、女性を思うと自分も高められる心地がした、性欲の方面を刺激されることはなかったと言う。私などは恋心において性欲を刺激されないということはまずないやくざな人柄であるが、この述懐は正直に受け取りたい。ただやはり「お嬢さんの顔を見るたびに」とあるように、主人公は女性の姿形に惹かれているので、ここは恋愛感情としては一般的で、おそらくはKもそうだろう。娘さんは美形なのだ。それに主人公はある事件があって人間不信に陥っていたさなかであるから、人を好きになる、なることができるということ自体が自分を落ち着かせ、据わりのよさを回復させることにもなった。
  その事件とは、この下宿に引っ越す直前ともいえる学生時代の出来事で、主人公は相次いで両親を亡くした。兄妹がいないので家屋をはじめとする遺産の管理を父の弟である叔父に任せた。たぶん実印やら書類やらを預けたのだろう。やがて叔父は娘、つまり主人公から見て従姉妹にあたる女性との縁談を彼にもちかけてきた。主人公がそれを断ると、知らないうちに遺産はすべて叔父の所有になっていて、主人公の元には毎年わずかの利子が支払われるに過ぎなくなった。これがきっかけで主人公は他人にたいする強い猜疑心を植え付けられる。人は普段は善良でも目の前に金をつきつけられたら転んでしまう、変わってしまうというのだ。恋心を抱いても主人公にはその猜疑心は消えずに沈殿したままだ。そしてそれが恋心のなかにときどき顔を出す。下宿の二人の女性に好意を持たれて遇せられることを主人公は直感するが、それでも彼は二人がぐるになって自分を丸め込もうとしているのではないかと疑いもするのだ。また、Kが主人公に恋心を打ちあけたのちに「覚悟」ができているとも言うのだが、それを彼は自分に先んじてKが娘さんにプロポーズすることではないかとの疑いももつ。彼が自殺してみれば「覚悟」とは死にたいするそれだと理解できるのだが。まだある。彼はプロポーズしないうちから、たとえそれをしても女性は本心を言わないのではないかとの疑いに絡めとられる。結果、奥さんにうちあけることになる。
  主人公のこういう猜疑心は、読者として心地いいものではなく、私はひっかかる。根深い人間不信を見てしまう。親戚にたぶらかされてにわかに形成されたたぐいの心でもないと思える。まだ読んでいないが、漱石を論じた書を目にすれば理解が深まるところがあるのだろう。
  主人公が心を奥さんに「擲(たた)き付けようかと考え」て、ずるずると延期する日々を説明するくだりがある。Kの来ないうちは「他(ひと)の手に乗るのが厭」、つまり二人の女性の狙いどおりになるのが厭だという「我慢」が働いた。娘さんが好きだという心は強くあった。また奥さんに言う勇気もあった。結果、優柔不断になったが、内心は燃えていたと言うのだ。

Kの来た後は、もしかすると御嬢さんがKの方に意があるのではなかろうかという疑念が絶えず私を制するようになったのです。果たして御嬢さんが私よりもKに心を傾けているならば、この恋は口へいい出す価値のないものと私は決心していたのです。恥を掻かせられるのが辛いなどというのとは少し訳が違(ちがい)ます。こっちでいくら思っても、向うが内心他の人に愛の眼を注いでいるならば、私はそんな女と一所になるのは厭なのです。世の中では否応なしに自分の好いた女を嫁に貰って嬉しがっている人もありますが、それは私たちよりよっぽど世間ずれのした男か、さもなければ愛の心理がよく呑み込めない鈍物のする事と、当時の私は考えていたのです。一度貰ってしまえばどうかこうか落ち付くものだ位の哲理では、承知することが出来ない位私は熱していました。つまり私は極めて高尚な愛の理論家だったのです。同時に尤も迂遠な愛の実践家だったのです。(p222~223)


  主人公はものすごく手際よく自己を説明しているではないか。相思相愛がはじめから完璧にできあがっていなければ、結婚はおろか愛することさえできないというのだ。当時は見合い結婚が圧倒的に多かったのだろう。その時代に恋愛結婚を、それも形だけがそうであればいいのではなく、金などの力で押すのでもなしに、愛の実質をある意味贅沢にもとめるという理想主義にもとづく恋愛結婚を希求したのだ。しかも嫉妬心に苛まれながらその理想を手放さなかった。これは読んでいて、私には苦しくてとてもなじめない世界だ。嫉妬が苦しいのはわかるが、さらにそのうえに、恋愛にたいするこういう理想主義をまさに「道」さながら耐えながら希求するからだ。しかし主人公は、過去における自身のこういう理想主義を微塵も後悔はしていない。Kに「真実」に反したことを口にしてしまった主人公のそのことにたいする痛苦とは、次元を異にする問題である。
  読了後、ひっかかった部分だけをつつく形になってしまった。この小説には取り上げるべき問題がほかにも豊富にありそうだが、後日にゆずる。

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