大洋ボート

ハート・ロッカー

  この映画は賛否両論にわかれるそうだが、私は否定派だ。主人公の爆弾処理係ジェレミー・レナーが好きになれないからだ。彼は腕自慢のうえ命知らずで、なるほど爆弾の恐怖に日々さらされるイラク市民やアメリカ兵にとってはたのもしいことこの上ない存在にちがいない。私がもしイラク市民であって近くにある爆弾を無事に取り除いてくれたならば感謝するであろうことは間違いない。だがそれで終わっていいのか。戦争の暴力は秀作『告発のとき』にも描かれたように人間の正常な精神性を失わせるに十分すぎる作用がある。戦争を繰りかえすごとにそういう意味での犠牲者を頻出させるもので、ジェレミー・レナーも実はその一人なのだが、この映画には正常性から発せられるべき人格的批判がない。むしろ戦争の英雄としてあつかっていて、射撃の名手をたたえるのと根っこの部分では同じだ。
  戦争がはじまってしまったのなら味方の勝利をのぞむのかもしれない。また勝利したなら、残存する敵勢力の動きを完璧に封じ込めるに越したことはない。「味方」のなかには多くの一般市民の存在もある。そういう議論はあるだろう。だがその種の議論をここでするのではない。映画や芸術というものは、もっと遠大な視座をもつべきで、そのうえで根本的に戦争を批判すべきではないか。人間は弱いもので、戦争のような苛酷な現実に、たとえ無傷で生き長らえたとしても人格を破壊されたり正常な感覚を麻痺させられたりするので、それにたいしては批判を怠ってはならないと思うのだ。
  初めの部分で「戦争は麻薬だ」というナレーションがある。そして40日ほどの任務期間が終わってジェレミー・レナーはアメリカ本国に帰還し、家族との団らんの時を過ごす。彼は子供に笑いかけながら「大人になると好きなことがだんだん減ってくる」と言う。私ははたして彼の一番好きな存在とはてっきり子供や妻のことではないかと思った。だが次のラストシーンに場面転換してなんだこれは、と思った。なにやら微笑みさえ浮かべながら再び軍服に身を包んで仲間とともに戦地におもむくジェレミー・レナーが映されるからだ。「戦争は麻薬」というナレーションと嫌に符合するではないか。麻薬には正常性をうしなわせるに足る快感と依存性があるという。爆弾処理とはつまり彼にとっての麻薬だ。言い難い死の恐怖とそこから生還を果たしたときのこみあげる歓喜、そして恐怖もまた彼にとっての快感となってしまっている。依存症が染みついているのだ。「除隊まであと39日」というような字幕が何回か出るが、私はその期間が過ぎれば重い肩の荷を下ろせてほっとすることができるという意味にとったが、そうだとするとはぐらかされた気がする。
  爆弾処理の任務の最中にジェレミー・レナーは防護用のヘルメットを外し、さらには同僚の無線連絡を受信するためのヘッドホンも外す。ジェレミー・レナーの周辺に不審な動きがあれば後方の同僚は直ちに伝えなければならず、ヘッドホンを外すことは命取りになりかねない。仕事が終わった後、同僚の黒人兵は怒りのため彼を殴打するが、彼はそれを逆恨みするのだ。ものすごい自信家でプライドも高い。宿舎でストレス発散のためになかばふざけた取っ組み合いをするが、ジェレミー・レナーはいつか本気になってその黒人兵を組み伏せるのだ。黒人兵の殴打による怒りは正しいのだが、ジェレミー・レナーはそれを頑として許さない。  
  悪口が大部分になってしまったが、戦場の臨場感がさすがによく描かれている。私がもっとも印象に残った場面は、爆弾処理の最中に、その周辺が立ち入り禁止にされているのにもかかわらず、イラク人が運転するタクシーが制止を振り切ってゆっくりと進むところだ。ジェレミー・レナーはふりかえって銃を構えイラク人ドライバーに照準を定め、さらにフロントガラスを銃弾で破壊する。だがドライバーの表情は微動だにしない。無表情のなかから不屈の闘志が透けてくる。恐怖心がこみあげてくるのはアメリカ兵のほうだろう。粗暴な兵なら射殺してしまうのかもしれない。腹に一物といった表情を固定させたまま指示に従ってゆっくり車をバックさせるイラク人であるが。イラクの街は今もこういう緊迫した状況が変わらないのだろう。
       ★★★
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