大洋ボート

フォークナー『響きと怒り』(5)

  臭い泥を洗い流すために二人は雨に打たれながら小川の水を使う。そして小降りになったのか、二人はぎこちなくも重苦しい抱擁を草原でつづける。いずれもコンプソン家の敷地内だ。スイカズラは家屋と周辺の敷地をわける生け垣として植えられている。なおスイカズラは常緑低木で白い花が咲き、赤い小さな実をつけるという。
  

スイカズラのやつ 匂いが止まってくれればいいのに
  前はあの花が好きだったじゃないの(p296)


  なおもキャディを責める言葉を痴話げんかのように繰りかえすクエンティンだが、キャディは優しく母のようにそれを受け止める。そんななか垂れ込めるスイカズラの匂い。これは何度も出てくる。クエンティンは何度もふりかえり、その悩ましさ、苦しさを際立たせる。それは父の言う「不幸な時間」という抽象性にたいする具体的かつ固有の「不幸の時間」である。また匂いということであればベンジーが好きだったキャディの身体から発散される「木の匂い」(松であろうか)を受け継いでいる。そしてベンジーが嗅ぎつけたのとはちがう匂いである。ベンジーはキャディが結婚式のときにつけた香水をものすごくいやがったが、スイカズラは過去と現在ではまったく反対の価値を持ってクエンティンを縛る。ベンジーにとっての木と香水の両方の価値を有していて、悩ましくもありなつかしくもある。失われようとしてなお残照を照り返す純潔意識で、そこにとどまることに耐えられない。そしてスイカズラの匂いの彼方に映るのは水だ。スイカズラから逃れるにはそこへ行かなければならない。ボストンを流れる川であり、故郷の家の敷地を流れる小川でもある。イタリア人の少女と歩きながら彼は川が見えなくなってもときどき川を意識する。「水の匂い」ともいう。水は死とつながることは明らかだ。悩ましい生を浄化するものとして読者にはすっきりと理解できる。

だいたいこのあたりが、けさ僕が最後に川を見た場所だった。僕はたそがれのむこうに水を、その匂いを感じた。春になって花が咲いて雨が降ると、匂いがあたりに立ち込めた ふだんはそれほど気にならないのだけど 雨が降ると匂いはたそがれ時に家の中まではいってきた たそがれ時に雨がたくさん降ったせいなのか それともあの光それ自体の中になにかがあったからなのか それはわからなかったけど匂いはいつもたそがれ時に一番強く しまいに僕はベッドに横になって匂いがいつやむんだ いつやむんだと考えたものだった。ドアからの風は水の匂いがして、たえず湿気をそよがせてきた。ときには僕は いつやむんだ いつやむんだと何度も言っているうちになんとか眠ってしまうことができたけど やがてスイカズラの匂いがすっかり空気に混じり込んでしまい あらゆるものが夜と不安を象徴するようになってからは 僕は横になって目覚めているのでもなく眠っているのでもなく 灰色の薄明かりに満たされた長い廊下を見おろしていて そこでは安定していたものが影となり 矛盾となり 僕がしてきたことすべてが影となり 僕が感じ 苦しんできたことが 目に見える滑稽でいびつな影をまとい それらの影は意味もなくあざけって 主張するはずだった存在理由をみずから否定することを本性としながら 僕はいた 僕はいなかった 誰がいなかった いなかったのは誰か と考えるばかりだった(p327~328)


  一行目の川はボストンの川で、現にその傍をクエンティンと少女が歩いている。そうしながら彼はスイカズラにまつわる過去を切実な現在として見て、対峙する。思い出を繰りかえすほどに強度を増してくる。そういうことがある。まるで何の変わりもない生け垣の花が悪に変貌してクエンティンを責め立てるようだ。かつて好ましかったものが正反対の意味を帯びて迫ってくる。好ましい感情はぼんやりするほどに自然であったが、同じものが無力として、また純潔の化けの皮を被ったものとしてクエンティンをとりまく。クエンティンの意識そのものとして根をおろす。忘れられるならいい。忘れようとするのではなく、逆にどんどん引っぱり込まれる。
  私は自殺を淡いあこがれをもって眺めたことがあるのかもしれないが切実ではなかった。それに他の人の自殺に関してもそれほど深い思いを馳せたことも正直言ってない。それがここへきてクエンティンの自殺志向に引っぱられた。すると、まるで川に象徴される死がたいへんやすらかな「生」のように映るではないか。息苦しい生からの解放としての死、もうひとつの生に映る死、生と死の発散する気配がまったく逆転してしまう世界、自殺者の世界とはこういうものかなと苦い感慨をもたされた気がする。
  偉大な小説を読んだ。フォークナーは「純潔な青年」の典型的な像を彫琢して見せてくれた。フォークナーは骨太で粘り強いが、その追究のなかからガラス細工のような繊細さとうつくしさをもったクエンティンの人物像があらわれてくる。これほどの魅力ある青年像は、そうそうあるものではない。書き足りなさともどかしさの感覚が残るが、後日にゆずる。
             (了)
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