大洋ボート

抱擁のかけら

  緻密な構成には舌を巻くが、感情の盛り上がりにはとぼしい。そういう映画だ。とりわけヒロインのペネロペ・クルスの死が中盤過ぎにあるので、ここで悲しみの感情が主演のルイス・オマールなどによってもっとストレートにあるいは大げさに表現されるのではないかと思ったが、そうでもない。ペネロペの死を中心にした映画作りの話は、かつて映画監督であったルイス・オマールが息子に自分の過去である「話せば長い話」を聞かせる途中にある。それで次はどうなる?という興味にせきたてられるから、あまりそこでは立ち止まってはまずいと判断したのだろうか。実際、謎がまた謎を引き寄せるという作り方は巧妙で、視聴者を引っぱる力は十分にあるのだが、長い話を全体として解らせようとすることに力が傾注されすぎたきらいがある。部分的には十分におもしろいし、結論としての家族の再生、ボツになったいわく付きの映画の再編集による再生という話も悪くはないのだが、たいへんもの足りない思いがした。ペネロペ・クルスをめぐるルイス・オマールと資産家の老人との争いも、オマールの妻の嫉妬もよくある話とかたづけることはできる、だがそう達観してしまえるのは当事者のなかでよほど時間が過ぎてからだ。映画のなかの現在時の一九九八年?ならともかく、渦中にあるときの感情の坩堝が表現されていない。あるいはペドロ・アルモドバル監督はそれをあまりにも抑制しすぎている。

  とはいえ、前半から中盤にかけての話の進行はさすがに巧妙で、興味をかき立てられる。目の見えないルイス・オマールに若い女性が新聞を読んで聞かせると、くだんの資産家の死の記事にあたる。また同時期に資産家の息子が変名で共同脚本執筆の話を持ちかけてくる。そこで映画はボツになった映画制作直前の十四年前にさかのばり資産家とその秘書ペネロペ・クルスの関係を描きだす。ペネロペはかつてコールガール組織に登録していた。資産家は口には出さないがそれを知っている。一方ペネロペには重病の父を抱えていて手術のために急いで大金を用立てねばならなかった。そんな背景があって資産家とペネロペは関係ができてしまうが、ペネロペは念願だった映画女優の道をめざし、資産家も映画制作に出資して、つまりプロデューサーとしてペネロペを援助する。だがそこで出会った映画監督のルイス・オマールとペネロペとの間にまた肉体関係が、というよりも恋情をともなった関係が出来上がってしまう。それを知った資産家は当然おもしろくない。ペネロペをなんとかとりもどしたい、という思いから映画作りそのものをぶっこわしてしまいたいという思いに駆られてそれを実行する。このあとが話としてはなかなか面白い。ありえないことだとは思うが、映画そのものよりも映画女優に首ったけということであれば十分に説得力はある。映画作りの現場に自前のカメラを持ち込んで、しつこくつきまとう資産家の息子も気持ち悪くて際立っている。それにアルモドバル監督の赤を基調とした色彩も楽しめる。がっかりさせられながらも愉しむこともできるというところか。
  ★★★
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