大洋ボート

出エジプト記(2)

 

 「わたしはおまえの神ヤハウェ、エジプトの地、奴隷の家からおまえを導き出した者である。
 おまえはわたし以外に他の神々があってはならぬ。
 おまえは偶像を刻んではならぬ。
 (中略) 
 おまえの神ヤハウェの名をみだりに唱えてはならぬ。」
 (中略)
 安息日を憶えて、これを聖く保て。
 (中略)
 おまえの父と母とを敬え。
 殺してはならぬ。
 姦淫してはならぬ。
 盗んではならぬ。
 隣人に対して偽証してはならぬ。
 隣人の家を貪ってはならぬ。(p237~238)


  有名な「十戒」である。ヤハウェがモーセに教え、モーセが民衆に伝えるという順番が守られる。「おまえ」とは民衆全体を指すようだ。五項目目以降はどんな社会であれ、社会が成立したと同時的に整備されたと考えられる法規で、法規としてもっとも原型的で土台のようなものだ。これにたいして前の四項目はヤハウェ信仰に関係している。四項目が比較して新しいのかはわからないが、これだけ唯一神ヤハウェを頑ななまでに強調し原始的法規に併存させるのは、やはりのちにユダヤ・キリスト教として成立するこの宗教の特徴ではないか。ヤハウェ神は何度も書くが政治的軍事的神であり、またそのためにきびしいまでに結集と統合を命令する神である。契約関係といわれるが、神に安楽をもとめるのは順序としてその後だ。先に神に身を委ねなければならない。それにヤハウェの代理人たるモーセのもとに結集しなければならない。ヤハウェ神の偶像であっても偶像を拝む時間があればモーセを敬え、それがすなわちヤハウェ信仰になるのだからといいたいのだ。やたらにヤハウェの名を唱えてはならないという禁止事項も、ヤハウェとの直接の交流を望むよりも、モーセを通じてせよと言わんとするように読める。偶像禁止の項目の中略した部分に「わたしは妬む神であり」とあるが、ユーモアにも読めるがそれだけではない。

  「十戒」を教えられた人々だったが、さっそく違反する事件を起こしてしまう。「十戒」につづいてさらに刑法や民法の細かい規定を人々に布告してから何日か後に、モーセは再び山へ登る。ヤハウェの教えを聞くためだが、地上へ戻るまでに「四十日四十夜」の長期間を要してしまう。その間は当然人々には何の知らせもない。人々は不安に思ってモーセの兄アロンに相談したうえで金の耳輪を集めて溶かし、金の子牛を鋳造するという挙に出る。そしてそれをヤハウェ像として祭りその前に祭壇を築く。そのあとお祝いの食事や踊りを催す、というものだ。無理もないと思う。人々はその挙が「十戒」に違反することは重々承知しているものの、モーセが帰らぬ人となった可能性を思い銷沈する気分を発散したかったのだろう。また「古事記」に例があるが、アマノイワトに隠れてしまったアマテラスの気を引くために人々が賑やかさを演出したように、山の頂上に存命するであろうモーセに届けとばかりに大きな音を響かせたとも考えられなくもない。だが地上のその様子を知ったヤハウェは激怒するのだ。偶像をつくったからだが「皆殺し」にせよと極言する。読んでいてさすがに驚く。そこまではしないでくれとモーセはヤハウェに懇願し受け入れられるが、頭に血が上った頑固親父を必死になだめる息子みたいだ。話題が少しそれるが、モーセにかぎらずヤハウェとその時代の代表者との距離は時に応じて変化する。遥かとおくにいるヤハウェにわざわざ会いに行ったり、並んで歩いているようだったり、ヤハウェが作戦参謀のように耳元でささやいたりと動的で面白い。さて皆殺しを回避できたモーセだが、現場を見てやはり驚き怒る。立場のちがいというべきか。モーセも人間だから、もし地上の一員だったなら同じ行為に参加したとも考えられる。
  

いよいよ宿営に近づいた。すると、子牛と踊りが見えた。モーセは怒りに燃えて、手に持っていた板を投げつけ、山の麓で砕いた。そして、彼等が造った子牛を取って、火で焼いた。さらにそれをこなごなにすりつぶして水の上にまき散らし、イスラエル人に飲ませた。(p257)


 「板」とはヤハウェの教えが書かれた石の板で山からもちかえったものだ。金粉入りの熱湯と考えられるものは、註釈によれば「一種のくかだち」とある。くかだちとは、罪の有無を判定するために被疑者に酷い仕打ちをしてもし健康被害がなければ被疑者は無罪と判断されるという古代の儀式であるそうだ。そこまで懲罰をくわえたモーセだが、民はモーセから見ると「手がつけられな」い様子で「立ち向かうのも恐ろしいくらいであった。」モーセや著者の思い入れなのだろうか。単に酷い酩酊ぶりにすぎないものが、いちじるしい道徳的堕落に見えたのか。それとも偶像をつくることでヤハウェに急激に接近することができたという人々の宗教的熱狂をあらわすのか、判断できない。何も書いていないが、モーセが言葉をかけても食ってかかるくらいの勢いがあったのだろうか。そこでモーセは「皆殺し」まではいかないが、彼の属するレビ族にヤハウェの言葉を伝えて『おのおの腰に剣をつけ、宿営の中を一軒残らず行きめぐって、おのおのその兄弟、友だち、隣人を誅せよ』と命じる。結果「倒れた者が約三千人」となる。地獄である。

  金の子牛をつくったくらいでは何の実害(人的、経済的損失)もないのに戒律に反したというだけでここまでやってしまうのだ。宗教的純粋性を汚したというならその回復は、それこそヤハウェの権威でもって可能だと思うが、一度犯した罪は看過できないというのだろうか。エジプト人殺しよりも、この同族殺しのほうがいっそう血の匂いが濃厚に私には感じられる。現代の独裁国家の政治弾圧にもつうじるものがある。

  ヤハウェがモーセに言った。
「さあ、ここを出発して、おまえは、エジプトの地から導き出した民を引き連れ、わたしがアブラハム、イサク、ヤコブに誓って、『おまえの子孫に与えよう』と言った、その地に行け。おまえの先頭にわが使いを遣わす。〔そしてカナン人、アモリ人、ヘテ人、ペリジ人、ヒビ人、エビス人らを追い払おう。乳と蜜の流れる地に向かえ。〕ただし、わたしはいっしょに行かない。おまえたちは度しがたい民だから、途中でわたしが怒って滅ぼしてしまうかもしれないのだ」(p260)


  カナン人以下の部族民はイスラエル人の故郷とされるカナン地方やその近隣地域に定住する人々であろう。彼等もまたイスラエル人にとっては侵略し屈服させるべき敵なのだ。このように「出エジプト記」は明白に侵略的な書である。後半部のヤハウェが同行しないという言葉をめぐっては、ヤハウェとモーセのあいだに叙情的な会話がつづくが、今は酔いたくないので割愛する。
         (了)  
関連記事
スポンサーサイト
    02:01 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top
Comment







(編集・削除用)


管理者にだけ表示を許可
Trackback
http://oceanic.blog70.fc2.com/tb.php/356-e02d3e53
プロフィール

seha

Author:seha
FC2ブログへようこそ!

カレンダー(月別)
07 ≪│2017/08│≫ 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
カテゴリー
月別アーカイブ
全ての記事を表示する
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
ブロとも申請フォーム
ブロとも一覧
ブログ内検索
RSSフィード
リンク