大洋ボート

母なる証明

 ラストの映像が強烈だ。見てから数日たつが、脳にねばりついて離れない。

 殺人犯が警察の追及からどうやら逃れることができて、乗り合いバスに乗る。そこには団体の観光客にみえるグループが先に乗っていて上機嫌で、踊りなのか、手をやたらふりあげることを繰り返す。最初はためらっていた殺人犯だがついに同調して、同じような仕草をする。そのときカメラは夕日をバックにして逆光でこの光景を映す。バスの外側から、バスに随行しての映像だ。乗客は座っているから下半身は映らず、上半身だけのやたら手を動かす映像である。人々の顔がぼんやりとしかも黒々と映る。これがなんとも薄気味悪いのだ。まるで影絵である。

 殺人犯は肉親を守るため、露見しそうになった肉親の犯罪を隠蔽するため、ためらいなく目撃者を殺した。そして犯行現場を放火して逃げた。殺人犯はたいていは逃げることを望むが、この映画の場合、そのことに対する道徳的な憤りは生まれない。むしろ、どうなるか固唾を呑んで見守る。視聴者は、結果として殺人をやってしまった人の肉親に対する情の絶対性をそれまで十分に見せ付けられるて共感させられるので、できれば逃げおおせてほしいとまで願うのだ。そこで視聴者と殺人犯とのあいだに主観が共有されるのだ。わたしたちは他人の心のうちを直接覗くことはできない。つまりそのひとの肉体の動きや発せられる言葉をとおしてしか把握できないのだ。だから最終的に殺人犯になってしまう人の顔や肉体を舐めるように長い時間見たうえで主観を共有する。だがふたたび元へもどって、そういう主観を抜きにしてその人を眺めると、その肉体の動きがなんとも無気味なのだ。主観というものと、それとは無関係に主体の肉体を眺めたときの驚くほどのギャップが、このラストシーンでは、たいへん巧みに、無気味に描かれていて秀逸に思えた。逃げるとは他人の群れのなかに紛れこむこと、他人と同じように見せかけることで、殺人者はまさにそれをバスのなかで実践するのだが、「正しさ」は掻き消えてしまって、悲しくもみすぼらしくもあり、不気味なのだ。殺人のシーンも凄惨だが、絶対的な目的を成し遂げる際の渾身の力がふり絞られるさまは、視聴者が肩入れする分、おかしな言い方だが「不気味」さから少しは隔たりがあるように思えた。

 物語は、障害者の青年ウォンビンが「冤罪事件」に巻き込まれて、それを母ひとりで守り育てるキム・ヘジャがほとんど独力で犯人探しをするというもの。息子は深夜の帰宅途中で偶然女子高生と出会ったが、翌日少女は死体で発見され、ウォンビンが疑われて警察に逮捕される・・・。ポン・ジュノ監督は『殺人の追憶』でも感じたところだが、力強さという点で黒沢明監督と作風が似ているのかもしれない。だが『天国と地獄』と一番ちがうところは、周囲のだれひとりキム・ヘジャに協力的ではないということだ。三船敏郎が自分の子供ではないにもかかわらずに、誘拐された子供の身代金を犯人の要求どおりに出す。また誘拐ののちに釈放された子供の運転手は、子供をつれて犯人グループのアジトを探す。こんな風な「みんなで一緒に」犯人探しをするという関係はこの映画ではまったくない。甥にあたる男が刑事で捜査を担当するが、キム・ヘジャに胡散臭い視線を浴びせるし、どうも熱心ではない。ウォンビンの友人はキム・ヘジャに疑われたことをタネに慰謝料を要求する始末だ。また韓国における格差社会のありようも描かれる。キム・ヘジャが動き回るなかでいろんなことが見えてくる。キム・ヘジャの「母性愛」と対極的な母(祖母かもしれない)もいて、これには顔を顰めざるをえない。またキム・ヘジャは昔子供と心中をしかけてやめたたことがあったが、ウォンビンはこれをしっかりと覚えている。この青年、障害者であっても狡猾さを隠し持っている。だからこそキム・ヘジャはいっそう「母性愛」を強固に固めようとするのだが。

 最後近くになって、監督が視聴者にあたえた前提をみずから崩してしまうか所があるが、重要な場面であるだけにいただけなかった。混乱した。それに甥の刑事が「真犯人」を捕まえてくるのも不可解である。犯人の逃亡をより容易にするための物語づくりなのか。また前半部はやや弱いのだが、後半からラストへの流れはさすがに緊迫感がみなぎっている。★★★★

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