大洋ボート

パイレーツ・ロック

  放送が大幅に制限されていたロック音楽を流しつづけた海賊ラジオ局の話。一九六〇年代中期のことだ。ロックといえば今日においては珍しくはなくあふれるように流れているが、当時は保守層の反感を随分と買っていた。騒々しく狂熱的であり、ドラッグやセックスと結びつきやすい傾向がある。また男性の長髪ひとつとってみても生理的嫌悪感をもたらすものであったようだ。逆に言うと、ロックは文化革命の名に匹敵した。ロック・ミュージシャンやその愛好家はファンに支持される一方で、窮屈な思いをさせられただろう。だがこの映画、本気になって彼らの苦闘を描こうとしているとは思えない。もはや昔話となってしまった「苦闘」を今日表現することの意味を見出しかねているようにも見えた。

  「海賊局」の名のとおり、フィリップ・シーモア・ホフマンはじめ十人以上のロック愛好家がボロ船に乗り込んで、交代でディスクジョッキーを担当して二十四時間ロック音楽を流しつづける。はしゃいだり、だらけたり、下品になったり、聴き手に挑発的になったりと例の口調だ。だが残念ながら時代の空気が再現できていない。彼らはおおげさではなく国家に反逆するのだから(現に海賊局を葬り去ろうと文化担当の大臣だろうか、部下をつかって執拗に画策する)相当の覚悟を決めたにちがいないのだが、それがさっぱり伝わらないのだ。笑いや下品さであっても反逆の緊張を伴ったものと、今日のように当たり前にそれができてしまうDIとはおのずから異なるはずなのだが、まったく同じに見える。これが視聴者をまさにだらけさせるのだ。好意的にみれば余裕たっぷりだが。

  ドラッグやセックスも彼らの行動や話として出てくる。これもまた今日市民権をえたとはいわないが、そんなものだろうとわたしたちは冷静に眺められる。そういう今日的な視線以外にはこの映画は持たないから、けっこう幸福そうに見えるだけだ。「ロック革命」だけではネタ不足と考えたのか、高校中退の青年の童貞破りや恋の場面もあるが、ありふれていて添え物以上ではない。おまけになんでこうなるんだと思わせるのがクライマックスで、「タイタニック」みたいに船が沈没してしまい、にわかに脱出劇となる。お気楽な映画だ。 ★★

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