大洋ボート

絲山秋子『ラジ&ピース』

ラジ&ピースラジ&ピース
(2008/07/31)
絲山 秋子

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 主人公の相馬野枝はフリーのラジオタレントで、仙台で担当していた番組が終了して、いくつかのラジオ局で面接を受けたのちに群馬県の高崎にあるFM局に入社することになる。そこで午後のワイド番組のメイン・キャスターを担当する。題名の「ラジ&ピース」はその番組名。

 野枝は容貌とスタイルにコムプレックスを強く抱いている。そのために地味目の服装しかできない。いつも不機嫌で、やや妄想めくが、いつ他人から攻撃されるか恐れている。つまり自己嫌悪をはげしく抱く女性で、逆にそうだからこそ自己愛も強いのだと、自己分析をしてそれでまた嫌になる、ぞっとする、そういう女性であることが冒頭に記される。これは「内面」にあたるのだろう。それを他人にぶちまけてしまうことはできない。内面を押し隠しつつ、他人を警戒する、適度な距離を保つ。そして「内面」があれば逆に「外面」がある。ラジオ番組のキャスターともなれば、それにふさわしい人柄を装わなければならない。明るく、快活に、というところだろうか。またテキパキと時間にあわせて番組を進行させなければならない。私は、そういう内面と外面の関係がねじれあって、相互に影響しあって、この女性がどういう風に変化するのだろうかと、興味を持って読んだが、どうもはぐらかされた気がする。

 番組は日々アクシデントなく放送されて順調に軌道に乗る。野枝は番組内の自分は演出された人格だと自己規定しているようで、たとえば、リスナーからの〈私は何々を食べた、相馬さんは夕食は何を召し上がられますか〉というメールを読んで、〈和風パスタ〉と答える。だが舌出しするように、〈そんなものは食べない〉と決めてしまうのだ。つまりは内面と外面の使い分けを意識してやっているように私にはみえた。だが多くのメールが寄せられ、彼女が人気者になってからは、これが少し変わってくる。窮屈さがとれて解放的になる。

 不眠鳥が、恐妻センター前橋が、もとアスパラガスが、鬼石のへっぷばーんが、backto群馬町が、うつぼくんが、それからスラッシュが、トロイの種馬が、大間々のマーキーが、あとは、たっぷりくんが、邑楽(おうら)のみっちゃんが、数百,数千のラジオネームが野枝の目の前にあった。
 停電が終わって突然夜景が目の前に広がったようだった。野枝の胸の中にきらきらと無数の灯りがともった。

 野枝は生れて初めて人気者になった気がした。こういうことだったのだ。(p90)



 奇怪な名前はすべてリスナーのメールにあるニックネームである。おそらくは、放送エリアの全域にわたってリスナーが健在なことに思い当たって、気をよくしたのだ。のみならず、ここで登場する「恐妻センター前橋」という五十代の男とは連絡を取っていっしょに温泉に行くまでの仲になる。特定のリスナーとの番組以外での交流はみずから禁じていたのに反してだ。それもうしろめたさはまったくなく、できた。こういうこともバネになって、ラジオタレントとして安定してきた、こつをつかんだという自信が野枝のなかに自然に湧いてくる。だが、この成功と感動が主人公野枝をどう変えるのかといえば、あまり変わらない。というか、書かれていない。ここが少々物足りなさを感じるところで、もっと野枝を変えてみせてくれるなり、変わらないなら変わらないということを追究してほしいのだが。絲山秋子は野枝を内面に「帰還」させることで、ほっとさせているように思える。これが唐突な印象を受ける。

 野枝は笑わなかった。姪は単なる涎を垂らし奇声を発して徘徊する危なっかしい生き物だった。壊してしまいそうで、抱くことなどできなかった。みんながりらのために愚かしい言葉を使っているのを見て、彼女は激しいストレスを感じていた。あれこれと野枝に話しかけてきたのは妹の夫の清志だったが、気を遣われることを野枝は嫌った。(p125)


 妹の真弓が最初の死産を乗り越えて、二度目にして授かった赤ん坊「りら」を抱いて夫妻で実家に帰ったときの描写で、連絡を受けて野枝も帰って同席した。妹とは子供のときから仲が悪く、その影響で、赤ちゃんといってもさっぱり可愛くない。子供のときの兄弟姉妹の不仲は大人になっても引きずってしまうもので、野枝の暗さの淵源のひとつがここにあると思わされる。「ストレス」を感じつつも、私には野枝の自己確認とそれによる奇妙な安心感を読みとれる気がした。小説のふりだしにもどされた気にもなった。

 三十代前半で独身らしいから、番組スタップはじめ「恐妻センター」やら自然消滅しかかっているボーイフレンドやら、男性関係にはどこか意図的によそよそしくて冷たい、警戒する姿勢が表面とはうらはらに描かれるのは、そんなものかなと、納得させられる。異性に大して期待しないことが自然にそなわってしまったようにもみえる。小さな成功をかさねつつ「内面」も大事にしていく、これが主人公の理想にも思えるし、実人生がそんな風にういまくいくことはだれでもが願うところではあるだろう。しかしそれだけを言われても、小説=文学としては断片的範囲でしかないのではないか。駄作ではないと思うが、残念な印象がのこった。

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