大洋ボート

女が階段を上る時(1960/日本)

女が階段を上る時 女が階段を上る時
高峰秀子 (2005/08/26)
東宝

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 高峯秀子は銀座のバーの雇われママ。ヘアスタイルも和服も地味で、客の勧誘にもそれほど熱心ではない。つまり、水商売の世界を内心嫌っていて、半歩引いた構えをとる。身持ちが堅いのだ。だが生計を立てるためには店を繁盛させなければならないし、反面、常連客の誘惑にやすやすと乗るわけにもいかない。そこにジレンマがある……。出演者は、常連客の男たちに森雅之、中村雁治郎、加東大介、小沢栄太郎ら。店のマネージャーが仲代達矢、ホステスに団令子ら。以前高峯の店にいて今は独立して店を持っているのが淡路恵子、という面々。当時若かった仲代や団もふくめて手練れで、ゆったりした気分で見ることができる。

 水商売の経営の舞台裏も描かれるが、面白いのはやはり高峯秀子をとりまく男性たちの欲望のありようだろう。上辺はゆったりとしているものの、高峯の肉体をあわよくばと狙っている。金にものを言わせたり、嘘をついたりとさまざまだ。手段はともかく、そりゃそうだろう、と私は思う。会社の金であれ、ポケットマネーであれ、常連になって高額な飲み代を支払わされるだけなら、いくら美人でももの足りない気分にもなるだろう。森雅之言うところの「凡夫」の性(さが)だ。酒場とは、所詮そういうところなのかもしれない。ネタバラシは避けるが、小沢栄太郎や加東大介のおもしろいこと、それに、ちょっと病的なこと……。そんな客たちも含めて、周囲の人たちに対して高峯秀子はてきぱきしているが、例によって意識的に表情を抑制している。他の成瀬巳喜男監督作品でも同様の高峯を見ることができるが、本作のような登場人物の多い場合、その表情のとぼしさが周囲の人物像のそれぞれの個性を引き立てる役割も果たすようだ。また、高峯は愁嘆場になって一気に感情を吐露するが、これも他の成瀬作品の彼女と同じだ。

 ただ水商売の世界に生きる女の肖像としては食い足りない気がする。別のタイプの女性もいるのだ。貞操観念がうすく欲望や恋心に翻弄されながらも、水をえた魚のように、その世界で生き生きとした表情を見せる女性もいる。たとえば『女は二度生まれる』の若尾文子のように。私は映画の素材としては後者の方が好きだが。

 セットも工夫されている。酒場の風景など、カウンターの向こうに酒瓶が並べられてあってさらにテーブル席があってと、どんな映画でも似たり寄ったりで本作も例外ではない。だが、題名にもあるように、本作は小路から二階の店に通じる階段をわざわざこしらえた。和服の裾を気にするのか、気だるいのか、ゆっくりと歩み上る高峯秀子。また普通のテンポで上がるときもある。こういう何気ない場面が、映画に現実味をあたえている。
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