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角田光代『三面記事小説』(2)

三面記事小説三面記事小説
(2007/09)
角田 光代

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 この短編集の一番の秀作が「永遠の花園」である。というよりもこの一編がないと短編集全体も印象のうすいものになりかねない。やはり、これも異物混入という事件があって、そこだけ取りあげればまさに「三面記事」の陰惨さを免れないが、そこまでにいたる女子中学生同士の友情の変転ぶりはピュアなものがある。私自身の若いときをふりかえっても、これほど一途で「さわやか」なことはなかった。また周辺の環境や細部もよく書かれていて、透明感が醸し出されている。ただこの「さわやか」さは、主人公の思い込みの強さや「歪み」と表裏一体のものであることも忘れてはならないだろう。そこは「夕べの花火」と共通するところである。

 亜美という中学生が主人公で、菜摘という小学校以来の親友がいる。ふたりは二年になって同じクラスになれてより密着できるようになった。だが菜摘はそのときの担任の玉谷先生〈通称タマちゃん〉に「初恋」をしてしまい、敏感な亜美はたちまちそれを察知してしまう。菜摘は、タマちゃんへの給食の配膳を買って出たり、放課後になるとタマちゃんに近づいて何かと話しかける積極性を発揮する。タマちゃんも悪い気はしないようだ。二人の会話にも、タマちゃんはしきりに登場する。亜美はじつは親友という以上の感情を菜摘に抱きはじめている。世界で好きな人は菜摘しかいない、というほどに。菜摘がそこまでの亜美の気持ちを察して引き受けている気配はない、小学校以来の親友という仲のよさはつづいているのだが。亜美は内心、菜摘がタマちゃんのものになりはしないかと気が気でないが、表面上はそんなそぶりは見せずに、むしろ菜摘の恋の成就を願うようなことを口に出すのだ。

今年に入って菜摘は急激に大人っぽくなった。背丈ものびて、前は棒切れみたいだったひょろ長い手足が、今では透明な清潔感を醸し出している。今年に入ってから、菜摘が美しい少女であることに亜美は気がついた。道ばたで拾って大切にしていた石が、じつは高価な宝石だったと知らされたような気分を亜美は味わった。見せびらかしたいような、けれど隠しておきたいような、相反する気分である。(p138)


 「高価な宝石」のような菜摘といつも一緒に居ることが亜美の願いで、夏休みにふたりで東京に行こうという話しもしていた。書くのが遅れたが、二人の住む町は海辺にある。辺鄙だが、夏になると海水浴場がひらかれて、東京方面から若い男女が大挙押し寄せてきて街は活気と賑わいを見せる。亜美の姉は東京からやってくる男と夏がくれば関係を持ち、夏が去ればその関係は消滅するということを繰りかえしている。そういう姉を亜美は嫌悪しているし、それ以上に男性に対して生理的敵対心を強く抱いていることもうかがわれる。

 亜美は菜摘と相思相愛でありたいと願う。だが菜摘のほうはそこまでの思いがあるのかは亜美にはわからない。またそれを聞きただそうとするのでもない。ただ菜摘にやさしくする、菜摘の願いをとげさせるための手伝いを買って出ることで自分の思いを菜摘に気づいてもらいたいのだ。だが菜摘は動く。亜美に黙って動く。それは二人の間に距離を生じさせることになり、それに揺らいだ亜美は距離を縮めようとする。自分の思いを不動のものにしようとするなら動かなくてはならない。二人の東京行きの話が煮詰まらない段階で、菜摘は亜美に告げることなく、単独で東京へ行ってしまった。夏休みが終わり、ふたりは再会するが、亜美は変貌をとげている菜摘を眼にすることになる。微妙に、亜美に対してそっけなくなっている。この辺の描写は巧みだ。菜摘自身にとっては、東京行きでもたらされた出来事はショックをもたらしたにはちがいないが、通過点として早く忘れようとも心がけるようだ。つまり、口にこそ出さないが、また小説の客観描写もないが、菜摘は東京の郊外都市にいってタマちゃんに会ってきた。だが先生は体よく追い返したらしい。担任と女子中学生という関係ならば、常識的な対応といえる。またタマちゃんは今年かぎりでその町を去ることも二人は知る。

 ここからが事件である。亜美はタマちゃんを町に居つづけさせる方法はないものかと菜摘と相談する。だが中学生の幼稚さゆえに、そんな効果があると思い込んだのか、それとも単に復讐であってもいいと割り切ったのか、そこははっきりとしないが、先生の給食に抗ウツ剤を混入してしまうのだ。そのときにかぎって亜美と菜摘の友情は以前にもまして強まると見える。菜摘はいったんは忘れるという常識的な方法を選ぼうとしたのだが、亜美にそそのかされた、別な言い方をすれば励まされたのだ。

 事件は当然、被害者を生む。先生は入院する。薬を提供した別のクラスメイトは自殺未遂をしてやはり入院する。二人も学校と警察で取り調べられる、というように。そして亜美と菜摘の仲はこの事件をきっかけにして疎遠になり、やがて絶好状態になる。菜摘が逃げるのだ。菜摘は事件後にたぶん亜美という人の正体を知った。あまりに愛情が強いと何をやらかすのかわからないから、こわくなったのだ。

 たぶん、と亜美は思う。たぶんこれからいくつ年をとっても、父や母やクラスメイトたちがあの事件のことを忘れ、そっと大事に隠してある事件ののった新聞の切り抜きが変色し、この町を出てこの町のことなど忘れ、だれかに恋をしだれかと結婚したとしても、私は一日のうち数分だけ目を閉じて、きっとあのころに戻るだろう。色あせることのない記憶とたわむれるだろう。そうしてきっと、この先ずっと、あんなふうにだれかを好きになることはないのだ、その人のためにだれかが死んだってかまわないと本気で思うほど。(p176)



 感情の高ぶりを自覚して、それに則って行動する。たとえそれが犯罪の領域に踏み込んでしまおうとも、かまわず動く。ピリオドが打たれるまで動く。そうして感情の高ぶりと行動が定着されて、後々の人生の記憶にまで刻みこまれる。こういうことだろうか。達成感でありながら、それ以外の人生は抜け殻か余禄のように見えてしまうという虚脱感。だがこれは自分という一点からのみふりかえられる人生観ではないだろうか。あまりにこういう人生観に自信をもちすぎると、他者から投射される人生観がみえなくなるきらいがあるだろう。その証拠というのではないが、この女子生徒・亜美はいまだに、菜摘が自分〈亜美〉のことを「好き」だと信じきっているらしいのだ。これがこの短編のたいへん無気味なところである。無気味さ、またこの頑なさが解けるのには、長い年月を要するのだろう。行動力のある若さは「さわやか」ながら「歪み」も併せ持っている、そういう痛切な例として私は読んだ。つけくわえれば、角田光代の筆が力強く「書ききった」ので、そのぶん読者に「さわやか」さが増すのだ。


 
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