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さらば愛しき大地(1982/日本)

さらば愛しき大地(廉価版) [DVD]さらば愛しき大地(廉価版) [DVD]
(2006/03/24)
柳町光男根津甚八

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 麻薬常習者として落ちぶれていき、やがてはみずからの人生を破綻させてしまう根津甚八が主人公であるが、登場人物全員が主人公であるともいえる。何故なら舞台となった北関東地方の農村共同体のありようが、そこで地を這うようにして生きる人々の身の処し方が、根津甚八に深くかかわっているからだ。根津甚八はすこしずつ迷惑このうえない存在となっていくが、それでも彼の肉親や周辺の人々は彼を見捨てない。最後まで守ろうとする姿勢を放棄しないのだ。普通に見て、村八分にされても仕方のない男なのにだ。農村共同体のこういうありようが、事実に近いのかとおいのか私にはわからないが、そこに柳町光男監督〈脚本も担当〉の思想が力強く込められていることだけは確かだ。農村に生きる人々に対する讃歌なのだ。そして根津甚八もまた、みずからの故郷の人々の、単に自分ひとりに対するものではなく、全体に対する善意と無力をわかりすぎるくらいにわかっていると思える。健全であったときの自分自身の姿でもあるからだ。

 根津の家は稲作を主な収入源とする農家だが、農業だけでは生計が成り立たなくなっている。そこで長男である根津は、おりからの工業コンビナート建設のブームに乗って砂利運搬のダンプカーの運転手となる。農業は残った父母(奥村公延、日高澄子)と根津の妻(山口美也子)に任せて、いわゆるさんちゃん農業の状態だ。やがて根津の子供二人が水死事故にあうという悲劇に見舞われる。子供の名前を入れた刺青をしてさらに仕事に精を出そうとする根津だが、このころから覚せい剤に手を出しはじめる。もっともトラック運転の長時間労働は〈きつさ〉がうかがわれるので、子供の死がきっかけで薬を始めたとは必ずしも言えない。根津の友人の蟹江啓三も薬をやっているので、蔓延していたようだ。映画の冒頭では、根津の粗暴性が描かれる。酔っ払ったのか、食卓が荒らされていて、親戚の人も応援に駆けつけてきて柱に括りつけられている根津を、私たちは最初に眼にするのだ。科白が聴き取りにくいが、東京で働いている出来のよい次男(矢吹治朗)と比較されるのが、気に食わないらしい。そんな根津がさらに逸脱していくさまが映画の後半であり、また同時に季節の循環にしたがって、毎年毎日同じように生活する農家の人々の暮らしぶりが描かれるのだ。

 根津はかねてから知り合いの酒場で働く秋吉久美子と仲良くなって同棲を始め、家を出る。子供の水死事故以来、妻に悪感情を抱いてしまったこともある。砂利運搬の仕事も独立自営に転じるが、うまくいかず、東京から帰ってきた弟の矢吹二朗にきりもりしてもらってなんとか軌道に乗せていく。秋吉との間に子供もできる。だがやがて薬の幻覚作用に見舞われるまでに至って、根津は働かなくなる。

 根津が住居の引き戸からゆたかに実った水田の稲穂を眺める場面が素晴らしい。一陣の風がザーッと水田を渡っていく。何の変哲もない撮り方だが、根津の思いが凝縮されている。水田は故郷の象徴である以上に、根津の原点でもある。そういう思いを込めて根津は眺めるのだが、同時にそこから堕ちていかざえるをえない自分も見据えている。麻薬常習者という以上に、なにかしら理想や根本的なところからずり落ちていく人間というものの存在に気づかされる、そんなところにまで思いは馳せていくのだ。

 柳町光男監督は、俳優全員に抑制的に演技をさせて日常性を印象づけようとしている。もっと巧く演じられるだろう、俳優としても不満じゃないのか、極端な例だが深作欣治がこの映画をもし撮ったなら、随分違う大げさな芝居をさせたのではないかとも思った。だが不満ではなく、こういう撮り方もあるということだ。最後に印象に残った場面をもうひとつあげておく。まったく何の工夫もないように見えて、凄いなあと思わされた。根津の父と妻の山口美也子が二人でコンバインをつかって稲刈りをする。そこへ母の日高澄子が弁当をもってくる。食べ終わった三人は、湯飲みに残ったお茶を周辺に捨てる。普通なら、お茶を捨てるところまではカメラに収めないかもしれない。これも何気ない日常の所作を大事にする柳町光男の創意のあらわれかなと思った次第だ。私のまったくの個人的感想に過ぎないのかもしれないが。

 まだまだ書きたいことがあるが、この辺で。七十年代以降の日本映画における大きい収穫の一本である。


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