大洋ボート

ディア・ドクター

 笑福亭鶴瓶が中心の映画だ。人なつっこくて思いやりがあって、お笑いを中心にしているからでもないが、いいかげんなところも少しある、笑顔が自然、テレビで見るタレントとしての鶴瓶から私はこんなイメージを抱いてしまっている。そういうイメージが彼の創意によって作られたものなのか、ごく自然に彼の「素」がテレビに滲み出したものなのか、つきつめて考えるとわからなくなってしまいそうだが、それはともかく、普段テレビで見る鶴瓶とこの映画での彼と、それほど大差はない。人なつっこくて思いやりがあって……という私が抱くイメージどおりの鶴瓶であった。それと鶴瓶は長くテレビ界で生きているので、カメラの凝視に対しておそろしいまでに冷静になれる、カメラを意識しながらもどっしりと構えられる。そのうえで芝居の世界に没頭できるのだ。劇団の俳優が、発声がいいだの動きがいいだのといってみたこところで、彼のもつこの長所はちょっとの年季では、なかなかマネができないのではないかと、感心させられた。

 彼は僻地の山村に赴任してきた医師であるが、医師免許はない。つまりはニセ医者だ。だれもそれを知らないし、優秀な看護師の余貴美子も付き添っているので大部分の医療はカバーできてしまう。老人が大部分の村人たちも「神様」とあがめて大事にしてくれる。村が提供する待遇もいいし、薬品販売の香川照之にも便宜をあたえて見返りをもらっているらしい。だが、居心地がいいだけではなく、やはり老人や病人に対する思いやりは普通以上にもっているようで、彼等と鶴瓶との交流の様子は、まるで教祖と熱烈な信者の関係を思わせる。これでいいと鶴瓶は満足するようだ。また彼の父は本物の医者であったらしく、鶴瓶は父を尊敬し、かつては父のような医者になりたいと願ったこともある。父の名前が刻まれたペンライトを始終手放さないのが、その証拠だ。父のように生きていけている、という自信をもつのだろうか。

 だがニセ医者であることがばれるときが否応なしにやってくる。いくら独学で医学を勉強しても追いつかないのだ。交通事故の患者が運ばれてきたときには応急処置の仕方がわからない。酸素マスクをつけても患者の呼吸はどんどん切迫してくる。左肺が毀損して空気を吐き出せずに肺周辺にどんどん空気が溜まってくる。事態を把握できず、茫然としてなすすべを知らない鶴瓶。顔が赤黒く変色する。看護師の余貴美子は経験から器具(注射器に似たもの)を胸にさして空気を抜くべきだと提案するが、それでも鶴瓶はもたもたしてすぐにはとりかかれない。この間の「間」がたいへん緊迫してすぐれている。俺は「ニセ医者」だ、なにもできない、だが助言のとおりやってしまおう、確信はまったくないが眼をつむってやってしまおう、というような心の揺らぎが、鶴瓶の動きの乏しい表情からかえって生々しく伝わってくる。余貴美子はこのとき鶴瓶がニセ医者か、よほどのヤブ医者であることを見抜いたのだろう。

 私たちにも鶴瓶と似た体験があるはずだ。「ニセ医者」でなくても、仕事や生活の場面で、ぬるま湯的な自信が一挙に瓦解する瞬間を舐めさせられたことがある。逃げ出そうとしてもただちには逃げることができずに、その場をどうやってでもやり過ごさねばならない。俺はもうダメだなあと念じながら。一応は考えてみるが、考えて解決策が見つかるのでもない。ダメだという自虐に打ち負かされる、最良の策かどうかはわからないが、やってみる。泣くとしてもその場ではできない、後でしかできない。鶴瓶はそういう自分の体験に照らして芝居をしていると思えた。それを見る私たちもまた、自分の体験をふりかえりながら鶴瓶に同情するのではないか。

 交通事故の件ではなんとか切り抜けた鶴瓶だったが、別の件で見立てちがいが明らかになって彼は失踪する。だが失踪してからも彼を慕う空気は村人の中にまだまだ残っている。ラストシーンは少し空想的だが、そういう空気を軽く救いあげたというべきか。新約聖書に書かれたイエスの復活を私は連想した。
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