大洋ボート

愛を読む人

 転変する人生を歩んできて、五十歳をすぎてようやく大きな結着をつけることができた男がいる。愛や縁と呼ばれるものに対して、人生の目的や意義に対して。だが結着をつけたのは男自身ではなく、彼ともっとも関係の深かった女性である。達成感というにはあまりにも苦く、荒漠としている。

 マイケル(若い時代はデヴィッド・クロス、壮年時代はレイフ・ファインズ)は十五歳の時ハンナ(ケイト・ウィンスレット)という年上の女性と知り合い、短い間だったが肉体関係を持った。一緒に旅行にも行った。ハンナは忽然と姿を消すが、これだけなら、マイケルにとってみれば青春時代の甘美な性の思い出となったかもしれない。しかしマイケルは法科の学生となったとき、法廷でハンナと再会するのだ。彼女は戦争中ユダヤ人収容所の看守だった。ナチの戦争犯罪者として裁かれるというわけだ。彼女は懲役二〇年以上の刑を受けて刑務所の人となるが、ここから二人の交流が再開されることになる。

 マイケルのなかでハンナへの執着がよみがえる。ハンナにとってはマイケルは一時の遊びの相手だったようである。また文盲でありながら読書欲が人一倍旺盛でマイケルにたくさんの本を読ませた。つまりマイケルを利用したともいえる。また犯罪者に入れあげてどうなるものか、それよりも日の当たるところを歩まなければならない。理性はそういう声を当然マイケルに言い聞かせるだろう。だがわかっていても感覚はごまかしようがない。結婚しても長つづきせず、子供を一人つくって離婚してしまう。そうかといってマイケルのハンナへの思いは一直線ではない。せっかくの面会の機会をあたえられてもどたんばになって拒絶する。

 過去が過去そのままではなく困難さをともなって出現してくる。過去への執着は同時に現在のハンナの戦争犯罪者という烙印にも向き合うことでなければならない。マイケルは弁護士となっている身だ。ナチスの残党狩りが盛んでその「巨悪」が追及された時代だ。そういう社会的風潮もある。また、愛しているかどうか自信が持てない。ここまで執着させてしまったハンナへの怨みの感情もあるだろう。マイケルは面会しないまま本を朗読したテープを山のようにハンナに送りつけるのだ。とりつかれたように、また憎々しげにマイク片手に朗読するレイフ・ファインズは何を思うのか。そこへハンナから覚えたてのたどたどしい文字で短い手紙が来る。文面は忘れたが、あばずれ女のような調子で末尾に「坊や」と記されてあった。ハンナは故意にマイケルを突き放すつもりなのか。

 身近な他人というものがある。彼女を評価する、どう思うかというのは自分で下さねばならない、自分の感覚にもとづかなければならない。いいかえれば彼女に対する評価や感情が他人と食い違っても、自分のそれを優先すべきではないか。すくなくともそこに親密さの感覚と記憶は残しておくべきだろう。収容所で生き残った女性はハンナを許しはしない。仕方ないだろう。だがそれはそれとしてマイケルはハンナを背負い込むまでに接近するのだ。人生のほとんどを使い果たしたうえの、たいへん長い長い道のりでの結論だ。

 前半部のマイケルがハンナと会って帰宅が遅くなった日の家族そろっての食事。ナイフ、フォークと食器がかち合う音が耳障りだ。これはマイケルの、すでに家族に見透かされているのではないかという不安をうまく拾いあげていた。後半部は二人の関係がどう結着するのかという興味でぐいぐいひっぱられる。ただもっぱらマイケルからの視線で描いたので、ハンナの心理がいまひとつわかりづらいのではないかと思う。とくに裁判の場面、かつての収容所の同僚の女性たちに罪を押し付けられてハンナがいちばんの重刑に処せられるのだが、熱意のこもった反論が彼女から聞かれなかったところは腑に落ちない。自分から身を引くことを何回もするハンナであるが。

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Comment
2009.10.12 Mon 11:04  |  seha #-
stardust さん

私は原作を知りません。
指摘されたようなことが書かれてあるとしら、面白そうですね。
情報、ありがとうございました。  



Re: タイトルなし  [URL] [Edit]
2009.10.11 Sun 17:20  |  stardust #-
こんにちは
これは 私は原作の方だけ読んでますが
映画になってたんですね。

最後ハンナは 凄く太って お風呂にも入らなくなって臭くなってて そのような形で 美醜や外見などで評価されない世界に引きこもった というようなことが書いてあって そこが印象的でした。

DVD借りて観てみたくなりましたねぇ・・・。
  [URL] [Edit]
2009.07.08 Wed 23:32  |  seha #-
私にも、わからないところがあります。
ただ、冤罪ではなかったのではないかと思います。火事があったときにユダヤ人が収容されていた部屋の鍵を彼女は開けなかった、公共の秩序を守るためという理由をあげていたと記憶しています。しかし指摘されているように、彼女は収容所の中心人物ではないにもかかわらず、一番の長期の刑に処せられた。文盲であることを隠そうとしたからと思われるが、そこまでしなければならないほど文盲は大きい恥なのか、この問題は映画一本見ただけでは私にもどうにも腑に落ちないところです。文化的背景があるように思いますが、私には答えられません。
生き残った娘さんは、ハンナ個人よりも「ユダヤ人を殺したドイツ人」全体を憎むのではないのでしょうか。自分も含めたユダヤ人全体のドイツ人への復讐劇のなかに、その娘さんも加わっている、ハンナは罪の軽重にかかわらず、ホロコーストの下手人のひとりだから、断固許せない。こうなるのではと思います。


Re: 教えてください  [URL] [Edit]
この映画がよくわかりません。教えてください。
裁判ではみんな冤罪だって知ってるのに、終盤では本を読んだ人は彼女が重ーい罪を犯したと思い込んでしまっている。
生き残った娘も、責任者の顔は覚えていなくて、本を読ませる変な人は覚えているのだから、その変な人が責任者でないことを知っているはずなのに・・・。
「彼女を許すようでお金は受け取れません」といいました。
そんなに怒りが強いのなら、なぜ裁判のときに他の被告人を許したのでしょう?
主人公も面会のときに「たっぷり反省したか?」というような意味の問いかけをしていますが、冤罪のひとには普通は「大変だったね、お疲れ様」ではないでしょうか?
なんだか変な物語です。
教えてください  [URL] [Edit]







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【 37 -8-】 特に見る気は無かったんだけど、なんとなく引っ掛かるものがあって、ちょうど時間が空いたのと上映時間のタイミングがあったから見てみた。  1958年のドイツ。15歳のマイケルは21歳年上のハンナとの初めての情事にのめり込む。ハンナの部屋に足繁く通い、 2009.07.02 10:10
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