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ジャック・ロンドン『白い牙』

白い牙 (光文社古典新訳文庫)白い牙 (光文社古典新訳文庫)
(2009/03/12)
ジャック ロンドン

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 狼を主人公にした長編小説。「ホワイト・ファング」(=白い牙)と名づけられた狼が母との共同生活から引き離され、人間の飼い主の間を転々として、最後には動物愛護主義者の鉱山技師ウィードン・スコットという人物に引き取られて安寧を得るという物語である。私にはあまりおもしろくなかった。

 ジャック・ロンドンという作家は、野生の動物や苛酷な環境などに代表される自然の奥深く入っていくことを課題とした人であった。そうすることで自然の何たるかを知るとともに、自然とのエネルギッシュな一体感とも呼ぶべきものを獲得することが切望された。柴田元幸編・訳の短編集『火を熾す』では、主人公はときにそういう自然との格闘の過程で失敗をやらかす。判断をまちがったり、生か死かという分岐点でわざわざ死のほうへ擦り寄っていってしまう。身を焦がすような悔恨にさいなまれることもしばしばだ。懸命でありながら結果としては愚かで卑小でしかない人間の姿が正直に、克明に描かれて感銘を呼ぶ。つまり、自然との共生というロンドンの目指したものに関心を払う以前に、私たちは人間の愚かさ、不安定さをそこに発見することになって、そこにこそ醍醐味があると思うのだ。

 だが『白い牙』では、そのような人間の愚かさ、弱さはまったく登場しないのではないが副題的なあつかいになっている。人間から見た自然という視線ではなく、逆に狼という自然を象徴する獣からみた人間、および自然に対する視線に沿って小説は描かれる。人間が判断をまちがって死にたちまち呑み込まれるときのような痛切さが見当たらない。本能と習性によって行動する獣が、かなり擬人化されて喜怒哀楽に揺れたり、夢をみたりという内面の描写をともなって描かれる。恐怖の体験もあるが、そもそも動物にそういう身を凍らせる感情があるのか、擬人化という前提にたつものの、どうもしっくり呑み込めない。なるほど、ロンドンは金の採掘のためにカナダ北部に仕事で旅をしたことがあったというから、そこで狼に接することができたのであろうし、動物愛護家としての彼の豊富な知識もよくあらわされているだろう。それはいいとしても。

 ここで書かれたことはありうることだろうか。狼が人間に慣れ親しんで、番犬以上の存在にまでなって人間を保護する立場にまで登りつめるのだが。ほんとうだと仮定しても、言い訳のような理論が用意されていることも腑に落ちない。作者は犬の人間に対する親和性は、先祖代々から受け継がれたもので、血として体内に宿っているという。ホワイト・ファングには犬の血が四分の一ある。母の狼は犬と狼の混血で、犬の血を半分受け継いだ。その母が狼と交合してできたのがホワイト・ファングだから四分の一というわけだ。人間以上に強い存在はなく闘争しても勝ち目はない、だが従順な態度をとると保護してくれる、つまり人間は神であり、そのことを母狼は犬から受け継いだ「血」として知っていて、人間に接したとき、すすんで降伏する態度をとる。子の狼もそれを傍で見ていて「血」を思い出したように自覚するのだが、どうか。私には動物に関する知識がまったくないので、にわかに信じる気にはなれない。あるいは、人間に身をゆだねることが一番安心なのだという「思想」が、作者いうところの「血」に隠されているのではないか。とにかく、この狼、人間に対しておとなしく、予定調和的というべき態度だ。

 私にとって一番おもしろかった場面は、狼とブルドッグとの死闘だ。二番目の飼い主の白人が、狼を使って闘犬の見世物の商売をして荒稼ぎをする。連戦連勝の果てに最後の勝負となるのが、このブルドッグだ。ブルドッグは擬人化されないため自然そのものである。狼が必敗の状況に追い込まれるとなにかしら狼が擬人化という以上に人間に思えてくる。手に汗をにぎる。自然との対決というロンドンの従来の主題がここで急浮上するからだ。人間に身を任せれば安心という狼の「血」のメッセージも読者から忘れられるからだ。

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Coyote誌上で連載中の「柴田元幸翻訳叢書」、その単行本化第一弾はジャック・ロンドン。『白い牙』『野生の呼び声』の著者として名高いロンドンは、短篇小説の名手でもある。極寒の荒野での人と狼のサバイバル「生への執着」、マウイに伝わる民話をモチーフにした「水の子... 2009.06.02 00:48
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