大洋ボート

花の生涯 梅蘭芳(メイランファン)

 人には自由と呼べるほどのものはさほどない。つまり社会や他人から期待されている役割を担い、背負うことでしか大部分は生きられないのではないか。そういう意味では「自分」は純粋に自分ではなく、自分から見てもおおいに「他人」なのだ。そんな感想をこの映画からもらった気がするが、感動といえるほどではなくあまりにも淡々としすぎている。全体的に丁寧な作りにもかかわらず作品としては物足りなかった。

 主人公メイ・ランファン(青年時代はユィ・シャオチュン、壮年以後はレオン・ライ)は実在した京劇の女形の役者だそうである。彼が駆け出しの頃、中華民国が成立した。社会には自由の気風がにわかにみなぎりはじめたらしく、メイもそれにあこがれ、役人で京劇ファンのスン・ホンレイ(俳優名)の講演にも顔を出した。伝統のしがらみにとらわれない自由な表現をという彼の主張に賛同して、舞台の上でも実践し、第一人者の先輩の俳優を追い越すまでになる。ここまではメイにとっては、俳優業は自己実現をより多く盛りこむための器である。「自分」にきわめて近しい存在として俳優業はあるのだ。だがいったん成功を収めて京劇の女形役者として頂点にまで登りつめると、俳優の仕事が少しずつ「自分」からずれはじめる。知り合ってまもなくメイのプロデューサーとなり、義兄弟ともなったスン・ホンレイの意向が強くはたらきはじめる。また人気稼業であるだけに、やはり役者メイ・ランファンのあるべき姿をファンはファンなりの願いを持って固定的にとらえようとする。

 メイ・ランファンは結婚後、京劇の男形役者(女性)のチャン・ツィイーと仲良くなり恋に陥りかけるが、彼女を強引に引き離そうとするのがスン・ホンレイだ。メイの熱狂的ファンの男をそそのかして銃を持たせチャン・ツィイーを殺させようとする。途方もない暴力だ。スキャンダルを防ぎたい、また彼の持論である「役者は不幸でなければならない(つまりはよき表現の源泉は不幸にこそあるというある種固定観念)」という状態を維持するための実践であるともいえるが、それ以上に作用していると思われるのが、スン・ホンレイのメイに対する仕事仲間という以上の切実な同性愛的感情だ。スン・ホンレイという俳優のつきつめた表情はいいにしても、事件が未遂に終わるかたちで大勢の人の前で明らかになったとき、メイ・ランファンはそれだけのことを加えられたにしては、なんともあっさりし過ぎているのではないか。スン・ホンレイに対して激高するでもなく、彼を追放するでもない。また言い争う言葉があまりにも少ないのはどうしてか。ここは白熱すべき場面だけに肩透かしを食った気がする。

 恋愛をすること、幸福を追求することは「自分」を実現すること、より拡大することであるならば、役者であることを理由にそれを封じ込められることは、メイ・ランファンにとっては役者が「他人」の顔を見せはじめるときである。にもかかわらず、役者への執着を捨てきれないのは、積み上げてきた自己実現の歴史を継続させたいがためだ。だからメイのように職業に自己実現をより多く見出すことが出来た人は幸福だ。当たり前かもしれないが。

 後半は日本軍占領期の日本軍とメイ・ランファンとの関係・確執がおもに描かれるが、この部分も平板な気がする。政治体制と芸術・芸能との関係で興味深い議論がメイとスン・ホンレイとの間で交わされかかるが、尻すぼみになってしまう。芸能・芸術は政治体制がいかなるものであろうとも影響を蒙ることなく独立して発展させていくべきではないかというスンの主張は汲み取るべきなのだ。だがそれも口実にしか聞こえない。要は、スン・ホンレイはメイを単に働かせたい、それで自分も稼ぎたい、そんな風にしか見えない。一方メイは度重なる日本軍の公演要請を蹴ってひきこもってしまうのだが、堂々としすぎている風に見えなくもない。意地悪な見方をすれば京劇ファンや中国人民の反日感情を見抜いてしまって、そこに安穏と胡坐をかいたのではないか。そうすることが人気の持続に繋がると計算したのではないか。そうだとすれば、その計算は見事に当たったことになる。舞台に立てない寂しさよりもそちらを優先した。またスン・ホンレイに対しても溜飲を下げることができたのだ。うがった見方だが、それを許す突っ込み不足がこの映画には目に付くのだ。

 悪口が勝ちすぎた。メイ・ランファンの青年から壮年期への移り変わりは見事。二役とは思えないくらいだ。それに劇中劇というべきか、京劇もなかなか見ごたえがある。男形のチャン・ツィイーが黒々とした顎鬚をつけて野太い声を出せば、女形のメイ・ランファン(レオン・ライ)は半分裏返ったような高い声をつづける。

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