大洋ボート

厳重に監視された列車

 祖父は催眠術師で、向かいくるナチスの戦車に対して堂々と対峙し手をかざして催眠術をかけようとしたが、あえなく轢き殺された。父は地味な駅員だったが、早期に退職し年金生活でのんびりすごした。そして主人公の青年は、祖父よりも父の生き方にあこがれて同じく駅員となる。これがはじまりで、第二次大戦下のナチスに占領されたチェコスロバキアが舞台。(その地が現在のチェコかスロバキアか不明なので、旧国名で表記しておく)戦争中にもかかわらず、おそろしくのんびりした空気に支配されているし、祖父の話は人を食ったようでおもしろい。

 青年にはまもなく乗務員のガールフレンドができるがセックスがうまくいかずに、ホテルに閉じこもって自殺未遂事件を引き起こす。だが映画全体の話の流れは暗くなく、むしろ、あっけらかんとしている。先輩の駅員も駅長も女性に興味津々で、隙を見て駅舎の来賓室に女性を引っぱりこむ始末。意気消沈した青年に対しても、先輩は年上の女性に教えてもらうことを提案する。すっかり真に受けた青年は駅長の妻にそれを頼むことになるが、当然断られる。いくら年上といっても女はすでに初老にさしかかる年齢に見えて、視聴者はこれはダメだなと思わされ、案の定そのとおりになる、という次第だ。そのときの女性の表情がいい。信じられないという気持ちと何を言ってあげたらよいかわからないという当惑とが渾然一体となった、何ともいえない表情に支配される。こういう具合に表情をあまさずカメラに収められるのが映画の強みだろう。

 青年は別の年上の女性を先輩からあてがわれて同じように来賓質でセックスし、巧みにリードされてか成功する。その翌朝の表情は晴れ晴れとして口笛を吹くさまは先輩のそのときのポーズとそっくり。ここもにこりとさせられる。進駐してきたナチスの兵隊も列車で移動中の看護師の集団と目配せしあって、停車中の車内に乗り込んでいく。無論、初対面だ。兵や女性の表情をこのときもカメラはじんわりと掬いとる。じわじわと心理が形成される時間だ。また先輩の駅員が無線係の若い女性に手を出して母親に食ってかかられる話もある。お尻から下肢にかけて駅でつかう判をぺたぺた押したのが証拠となってしまった。裁判所へ、また鉄道を管理する役所の人へ娘を連れて行く母親。

 このように、映画は敵味方関係なく異性とセックスへの執着を丹念にかつ軽妙に描いていく。セックスにかぎらず自分個人の欲望を第一義に置いて追求すること、そこにこそ幸福の基盤があると、イジー・メンツェル監督(「英国王 給仕人に乾杯」)は主張するのだ。同時に、それができてこそ後ろをふりかえることなくさっぱりした心で、政治や戦争に立ち向かえる自信も形成される、そんな落ち着きがあればこのうえないという。駅長やもっと上の役人は親ナチスだが、平駅員は反ナチス。それこそ当然といわんばかりに目配せひとつで合意ができあがる。ナチの軍用列車に爆弾を投下することを先輩に命じられた青年は、あっけないくらいに余裕を持って引き受けてしまう。省略されているが、先輩と主人公は反ナチとして既に結束が出来上がっていたのだ。それゆえの仲のよさだ。そしてまた、祖父のエピソードがここで効いてくるのだ。私は快調なテンポにすっかり乗せられてしまった。

 また、すがすがしい解放感をえた場面が合ったので、記しておきたい。青年がナチ兵に呼ばれて列車の機関室(先頭の位置)に乗せられる。どうなるのか少しはらはらさせられたが、結局は詰問で終わって青年は飛び降りるのだが、それまでの車内から見下ろす風景の何とうつくしいこと、ありふれた家並みや木立、牧場で遊ぶ動物の数匹だが、この肩の荷をおろしたような安堵感は何だろう。それまでは駅舎やときどきそこへ入ってくる列車、また別の室内など、カメラがある位置に静止した視線が中心だったのが、はじめてここで移動体での視線、しかも「見下ろす視線」にわずかの時間、変換するのだ。映像の神秘といえば大げさだが、このすがすがしさは、私にとってはスペインの「海を飛ぶ夢」以来のものだ。


 ところで、イジー・メンツェル監督だが「英国王 給仕人に乾杯」がベルリン国際映画祭で国際批評家連盟賞を受賞して日本でもにわかに脚光を浴び始めたらしく、関東方面で彼の作品の特集上映があったようだ。本作もそのひとつで、一九六六年の製作で、アカデミー外国映画賞を受賞した。メンツェルはチェコの人で、旧ソ連圏ヨーロッパの映画監督としてはセルビアのエミール・クストリッツァが有名だが、イジー・メンツェルも彼に勝るとも劣らない名匠だと私は思う。作風も共通するものがある。未公開作も多く、ほとんどDVD化もされていない。全貌に触れてみたいものだ。 

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