大洋ボート

英国王 給仕人に乾杯!

 主人公は二人一役だが、若いときのイヴァン・バルネフという人が抜群にいい。軽妙洒脱な作品の空気にぴったりと合っている。いつも明るくにこにこしているが、その笑顔が素敵で無理がない。また一見ひ弱で、古い言い方だが母性本能をくすぐるところもある。大げさに言えば付き合うとこちらも幸福になってしまえそうだ。

 チェコの小さなカフェの給仕人から出発した主人公ヤンは出世の野望を抱いている、また女が好きで、そのふたつの望みを次々にかなえていき、絶頂期には大きなホテルのオーナーにおさまるという話だ。1930年代の平穏な時代から始まり、やがてナチスがチェコを占領するも衰退し戦争が終結するまでという期間が背景だ。戦争というとその惨禍を思い浮かべることが多いが、その周縁部では案外平穏が支配するものなのかもしれない。また治安警察による逮捕や言論弾圧などあっても、まったく無関係に涼しく暮らせる人もいるだろう。ヤンがまさにそういう人物で、彼にとってはナチスの時代が青春であり黄金時代なのだ。こんな風に正直に戦争の時代をふりかえることは、じつは貴重なのだ。時代が同じでも個人よってまさに人の数だけその通過の仕方はちがうということを看過してはならない。それに第二次世界大戦がもはや昔話になったことも、そういう事情を語りやすくしているだろう。

 ヤンは給仕長に顎でつかわれるが、なじみの娼婦が同情してくれて飲み物をいっぱい注文して自分のドレスにかけたり店にぶちまけたりする。代金をきっちり払って退散する。腹いせだが、こういう場面はほほえましい。何故か娼婦と同じように、イヴァン・バルネフに肩を持ってしまう。くどいが、そういう空気をこの俳優はもっている。彼が貧乏時代にえたものはチェコの各地をまわる行商人とのつながりであった。またナチス占領時代以降通貨に比べて価値が減じないであろうと見做した切手を大量に購入したことが成功につながった。この切手を売って大ホテルを手に入れるのだ。まさに、ふんわりとした空気のようなものによって出世と女を獲得していくという過程が、たいへん軽妙に大人の童話みたいに描かれる。

 コインや札や切手が青空に広がりながら昇っていく映像が最初のほうにある。これと同じか応用された映像がときどき繰り出されるのがリズミカルで心地よい。女の裸体にちりばめる雛罌粟(ひなげし)。つぎに付き合った女には札を一枚一枚、自分の裸体にもそれをやって女に見せる。また行商人の真似をして住まいの床に札を並べる。それがどんどん増えていく。また、コインを何枚か人のいるところに故意にばらまく場面が何回かある。路上だったり、レストランの裕福そうな客の前だったりするが、誰もがそろって拾い集める、それを見てイヴァン・バルネは得意そうな笑みを浮かべる。これは金銭に対する自分の欲望が他人にも共通するものかということを確かめたいがためだ。同世代の友人がいない彼はそうやって孤独を慰めるのだ。リズムとしても共通だ。

 ハイライトはチェコに進駐してきたドイツ人の女(ユリア・イェンチ)とのつきあいだ。ドイツ人女性と交合するにふさわしい精子の持ち主か、病院で検査を受けて太鼓判を押されて後のセックスだ。ユリア・イェンチは壁にかかったヒトラーの肖像画を見ながらのぞむ。イヴァン・バルネがかぶさってくるとその顔を押しのけてまでヒトラーに見入る。セックスという私的領域までナチズムで染めてしまおうという精神主義とでもいおうか。イヴァン・バルネにはそんなことは関係ない、セックスさえできればどうでもいいのだ。恋人であれればいいのだ。これは監督のイジー・メンツェルのヒトラー体制に対する風刺であり無化であり、たいへんおもしろいのだが、この場面を見て腹蔵なく笑えるのに随分と年月を要したことも忘れてはなるまい。しかしこの年月の作用はよかった。

 若い女を並べて高級将校を相手にして稼いだ彼のホテルもやがて負傷兵の療養施設に様変わりする。本物の手足を失った男がプールで泳ぐ場面はせつない。イヴァン・バルネはそれをしみじみ眺めてドイツの敗北を予感する。そして敗戦。彼の前には予想だにもしなかった運命が待ち構えていた……。

 最後に年老いたヤン(オルドジフ・カイゼル)が後生大事にしていた切手のコレクションを風にとばす。気持ちよさそうだ。贅沢だった過去を惜しみながら訣別しようとするのか。

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2009.02.09 Mon 11:18  |  ゆうき #-
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