大洋ボート

谷崎潤一郎「盲目物語」

吉野葛・盲目物語 (新潮文庫)吉野葛・盲目物語 (新潮文庫)
(1951/08)
谷崎 潤一郎

商品詳細を見る

 織田信長の妹お市の方の悲劇的な後半生がつづられる。この小説が発表された昭和六年ではどうだったかは知らないが、今日では映画、テレビでたびたび取り上げられてきた素材だからご存知の方も多いだろう。その意味では目新しさはない。すなわち、浅井長政、柴田勝家にお市は嫁ぐが、のちに信長や羽柴秀吉によって両者ともに滅ぼされ、お市は勝家とともに自害する。長政とのあいだにもうけた三人の女児のうちの長女茶々はのちに秀吉の側室となり、秀頼を生む、という流れである。なお、お市の長男の万福丸は幼くして信長の命によって秀吉の手によって殺害される。

 語り手は弥市という盲目のあんま師である。小谷城に奉公にあがったが、三味線の腕も達者なことからお市に目をかけられて傍につかえるようになる。弥市の目をとおしたお市は夫想い、子供想いのやさしい立派な女性だ。長政に死への道連れを懇願するが、浅井家の血を絶やさぬようにと子供の養育をたのまれて泣く泣くひきさがる。その思いはのちに勝家とのあいだで実現する。そんな、失意と憔悴がほとんどだったお市に弥市は深い憐憫の情を寄せる。それはまた恋慕そのものでもある。お市にどこまでもついていきたい、地獄までお供したいという気持ちが連綿とつづられる。またそこに、この作家の特徴である肉体拝跪の性向がかさなる。

当時おくがたは二十をふたつみつおこえなされ、四人にあまるお子たちの母御でいらっしゃいましたけれども、根がおうつくしいおかたのうえに、ついぞいままでは苦労という苦労もなされず、あらいかぜにもおあたりなされたことがないのでござりますから、もったいないことながら、そのにくづきのふっくらとしてやわらかなことと申したら、りんずのおめしものをへだてて揉んでおりましても、手ざわりのぐあいがほかのお女中とはまるきりちがっておりました。(p105)


 恋慕といってもあくまでひそやかなもので、それを発展させようというような野心は弥一には当然ながらまるでない。またお市のほうでもそんな弥市の真情を察知しているようでもあり、弥市と過ごす余暇はたのしみであっただろう。

 柴田勝家は賎ケ嶽のたたかいで大敗し、北の庄の城に籠城するがそこも羽柴軍に包囲される。勝家は自害を決意するがそれを前にして盛大な宴会を催す。だがそこには秀吉方の間諜もまぎれこんでいる。お市とその子供を救出せんがためだ。宴会のなかで朝露軒という三味線引きが歌うが、合いの手の音が怪しいことに弥市は感づく。三味線の音は四八音あって、おのおのが「い、ろ、は……」とかな番号がふられているそうだ。三味線にくわしい人なら解るという。その音を文字に移しかえれば次のようになる。

 ほおびがあるぞ
 おくがたをおすくいもおすてだてはないか(p197)

 
 古典芸能の習得に熱心だった谷崎潤一郎らしい、うなるべき場面ではないか。弥市もそれに対して三味線で答え、城内に積まれてあった枯れ枝に火を放ってお市と勝家が上っていった天守閣をめざす。だが火の手がまわって人々が入り乱れて混乱するなかで、彼が何者かから授かったのは茶々であった。弥市が救いたかったのはお市であったが、茶々を救うのもお市の遺志であろうと咄嗟に考え、茶々を背負って城を後にする……。

 男女の片方が盲目で、身分がちがうという点では後の『春琴抄』と共通している。また現代口語文でありながら句点、句読点がめだって少なく擬古典調であることもそうだ。まったく同じ文体とはいえないが。

関連記事
スポンサーサイト
    02:09 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top
Comment







(編集・削除用)


管理者にだけ表示を許可
Trackback
http://oceanic.blog70.fc2.com/tb.php/254-ff41b8aa
プロフィール

seha

Author:seha
FC2ブログへようこそ!

カレンダー(月別)
06 ≪│2017/07│≫ 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
最新の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
カテゴリー
月別アーカイブ
全ての記事を表示する
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
ブロとも申請フォーム
ブロとも一覧
ブログ内検索
RSSフィード
リンク