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谷崎潤一郎「吉野葛」

吉野葛・盲目物語 (新潮文庫)吉野葛・盲目物語 (新潮文庫)
(1951/08)
谷崎 潤一郎

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 主人公の津村は幼いときに他界した母の面影を執拗に追い求める。父もまた母と同時期に相次いで亡くなってしまったが、何故か彼は母を追い求めることしかしない。その理由は明確には説明されない。というよりも幼い頃から身についてしまった本能的な欲求というように読者は理解するしかない。おぼろげに浮かぶのは師匠の検校とともに琴の稽古をしている場面であるが、これとて祖母の可能性もある。残されたのは小さな写真一枚のみ。彼のなかでは、母はいつまでも若く美しい。それはまた将来自分の妻となるであろう女性を探すことと、またそうでなくても若い多くの女性の姿を目の当たりにすることと、なんとも不思議にまたごく自然に重なってしまうことでもある。過去の母の面影も、現在や将来において身近にあるべき女性像もいずれも「未知の女性」として彼のなかで繋がる、希求するうちにほとんど同じになってしまうというのだ。

 私にかぎっていえば、母は八〇歳半ばで健在であるため、母の若いときをことさら思い浮かべるということはしない。したがって津村の心境は即座には理解しがたいというべきだ。だが、とぼしい手がかりをたどっていってついに母の実家にたどりつく場面では、何かしら飢えと寂しさが一気に解消されたような、長いつらい旅をようやく終えたような解放感を分けてもらうことができた。そればかりではなく、厚い外皮が自然に剥がされて自分の裸の皮膚があたたかい大きなものに包まれる感覚に、束の間ひたることさえできた。子宮感覚というのだろうか。津村は、自分のような境遇でなくても同質の心理はいく分かは誰にでも共通すると言う。そうかもしれない、説得力がある。これは津村をとおしての作者谷崎潤一郎の多くの読者に対する自信でもあるだろう。

 この中編小説は昭和六年(一九三一)のものである。時代背景は同時期で、「作者」が友人津村とともに吉野のひなびた村を訪ねていくという展開になっている。「作者」はかねてより南朝伝説を下敷きにした小説をものにしたいという野心をいだいていて、その取材のために津村に案内を請うたのだ。吉野には他にも歌舞伎『義経千本桜』で知られる義経と静御前の伝説があり、事実兄頼朝に追われた義経の一時的な避難場所であった。その歌舞伎に登場する「初音の鼓」という由来ある鼓の所有者を自称する人がいて、そこも共に訪ねることになる。またそのときにはすでに津村は母の実家を探しあてていて親戚づきあいも成立している。津村にも古来の伝説は興味のあるところだが、本来の目的はある依頼を秘めて、そこに「作者」を連れて行くことであった。「作者」は南朝系の末裔である自天王(北山宮)[南北朝合体後の最後の南朝系天皇・後亀山天皇の玄孫(曾孫の子)]をはじめとする南朝にまつわる故事、伝説や義経伝説、さらには歌舞伎、浄瑠璃、地唄などを津村とともに語る。とくに狐に関する古典芸能からの引用が多い。母や何某かの人物に化けた狐が正体を見破られて逃げていく、あるいは狐の皮でつくられた「初音の鼓」をその狐の子が親恋しさのあまり義経の家来に化けて追いかける、というような話だ。ときには津村が語り、ときには津村に代わって作者が語るという自在さである。狐が人に化ける話は、なにかしらこの世からふわりと身が浮いて死の世界をも招き寄せるような玄妙な気分にさせられるものだ。これは津村の母への思慕とふかく結びついている。

 「作者」は自分の小説創作よりも津村の話により強く惹きつけられる。だがともに昔日の人の面影を追跡するということでは共通している。つまりこの小説は二重奏の形式になっていて、津村の母探しが主奏で「作者」のは伴奏の位置となるが、津村の話を「後出し」にすることでたいへんな小説的効果をあげている。また「作者」の小説の目論見が「材料負け」して頓挫することも納得できる。

 津村の家は大阪の島之内(現・大阪市中央区)で代々質屋を営んでいる。姉妹二人は嫁いだため津村が継ぐことになった。祖母が健在だが母のことを聞いても何故か口が重い。ようやくのように聞き出すと、母は遊郭の出身であり、そこから他家へ養子に出されその家から津村の家に輿入れした。口が重いのもうなずける。祖母の死後、津村は母の遺品を土蔵の中から発見するが、そのなかに混じって実母から母あての手紙がたった一枚残されていた。この母にとっての形見の手紙からわかったことは、母の実家は奈良県吉野郡国柄(くず)村(現・吉野郡吉野町大字国柄)というところで、山深く、和紙の製造で知られる村である。姓は「昆布」という珍しいものだが地元では多い。貧窮のため三女であった母は十代前半のときに売られたのである。

 和紙の最終工程は、紙の繊維の混じった白濁液に底が簀状になった木の枠をつけて何回か漉していく。ついで枠に残ったものをとりだして乾燥させるという具合である。これが軒下や山の斜面に並べられる。行われるのは農閑期の冬である。手紙には「此かみをすくときはひびあかぎれに指のさきちぎれるよふにてたんとたんと苦ろふいたし候」とある。厳しい作業だ。津村がはじめてそんな国柄を訪れたときの感慨はごく自然で、心に染みる。

此処が自分の先祖の地だ。自分は今、長いあいだ夢に見ていた母の故郷の土を踏んだ。この悠久な山間の村里は、大方母が生れた頃も、今眼の前にあるような平和な景色をひろげていただろう。四十年前の日も、つい昨日の日も、此処では同じに明け、同じに暮れていたのだろう。津村は「昔」と壁一重の隣りへ来た気がした。ほんの一瞬眼をつぶって再び見開けば、何処かその辺の籬(まがき)の内に、母が少女の群れに交じって遊んでいるかも知れなかった。(p61,62)



 母の面影に静かに、吸い寄せられるようにして接近してしまう瞬間だ。もやもやしたものやもどかしさが吹き払われて視界が晴れわたるようだ。感涙に咽ぶのではない。あっけにとられるといえば近いのかもしれないが同じではない。すぐにでも消え去ってしまう感慨を大事に大事にしたいと思わずにはいられない、そんな感慨だろう。手紙に出てくる母の姉の「おりと」という女性も高齢で健在だった。その女性は津村の母から故郷へ送られてきた琴を披露する。高級な品だが、いつどうゆう経緯で母が送ったかはおりとが忘れているため不明だ。琴の外観の説明が微に入って作者によって説明される。そのあと母が往時はめたであろう琴爪を津村もはめてみる場面があるが、ほのかに官能的だ。

琴爪の方は、大分使い込まれたらしく手擦れていたが、嘗て母のかぼそい指が嵌めたであろうそれらの爪を、津村はなつかしさに堪えず自分の小指にあててみた。幼少の折、奥の一と間で品のよい婦人と検校とが「狐噲(こんかい)」を弾いていたあの場面が、一瞬間彼の眼交(まなかい)を掠めた。(p70)



 肉親の情にもとづいているのであろうが、そういう言葉では隠れてしまうもっと秘めやかな、ぞくっとする世界ではないか。確定できないが、このときにはすでに津村の年齢は早折した母を越えている。女性でもある母を津村は意識している。この小説はさらにこのあと、ちょっとした飛躍があるが、それはこれから読むかもしれない読者のために書かずにおこう。母を慕う津村の心性の延長上にあるもの、先に書いた津村が「作者」を母の実家に連れてきた本来の目的そのものである。

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