大洋ボート

おくりびと

 死者は葬儀に際して身を清められる。浴衣にかえて立派な装束を着せられ化粧をほどこされる。死への旅立ちを整えるのだ。本木雅弘が演じる納棺師はそういう仕事だ。葬儀屋の下請け的な位置にあることが多いが、警察から依頼を受けて、発見の遅れた孤独死の遺骸をあつかうこともある。本木は長年の夢がかなって交響楽団のチェロ奏者になることができたが、まもなく楽団は解散し、本木はやむなく故郷の山形に妻とともに帰る。そこで求人広告をみてとびついたのが、山崎努が社長をする納棺師の小さな会社だった。

 猛烈な後悔にさいなまれるのは、やはり孤独死して日にちがたった遺体に触れたときだ。激しい腐臭に悩まされ、映像はさすがに避けているが変わり果てた姿にも衝撃を受けたにちがいない。これは私たちにも理解できる通常の感覚だ。死体は不浄であるという感覚と思想は、ごく普通に私たちの日常に溶け込んでいるし、間違ったこととして引っくり返すことも困難だろう。そこに実際にもっともむごたらしい姿の死体に接するのだから「不浄感」に追い討ちをかけられて当たり前だ。本木は何度も吐瀉する。その仕事をやめようという気持ちに自然に傾いてくる。

 そんなときだ。本木は橋の欄干に身を寄せて川面の清流を見下ろす。すると鮭だろうか、産卵のために急流の浅瀬を川底に身を擦り付けるようにして必死に上流にのぼってくる。その進み具合は遅くまどろっこしい。一方では流れの反対から産卵を終えて死に絶えた魚が、腹を見せてまるでやすやすと流れに乗って下っていく。生の最後と死を同時に本木は見ている。と同時に自分の仕事も二重写しにして見ているのだろう。死とは何か、ということもぼんやりと思うのかもしれない。そこへ銭湯で顔なじみの男が通りかかる。短い会話の中で男は、魚は「本来いたところへ帰っていくんでしょう」と言って去る。ちょっと不意をつかれる感じがした。私は、魚が「本来帰るべきところ」とは海にちがいないと解釈したが、海ではなく「死」ではないかと反論したくなった。だがすでに魚は死んでいる。死体が、死が帰る場所が死とは全く言葉が同義で意味をなさない。つまり死が帰る場所は魚の場合は「海」によって置き換えられる広大な何かなのだ。私はそう思い返した。

 本木はチェロをひとり奏でる。仕事用のものは売り払ったが、子供のときに使ったものが実家にしまってあった。重い心は晴れないが、芸事がある人はうらやましい気がした。ながく打ち込んだ経験があれば、そこにはおそらく心身の「型」があって、奏でることによってそこへ戻ることができる。生(なま)の自分よりも少し越えた自分というものが「型」にはあって、すさんだ気分を少しでも通常にふりもどすことができるのではないかと、羨望をまじえて見た。
 
 本木は仕事を続けるが、それを非難されて妻に去られ友人にも胡散臭い目で見られる。このあたりが中盤で物語はまだまだ展開があるが、映画は想いの大半をすでに吐き出している。本木は割り切れない気持ちをずっと引きずるようである。この映画からだけではないが、私が考えたのは「死」は理解不可能だが偉大だということだ。「死」とは、大いなる痛みであるのか、安楽なのか、死後の世界がどんなものなのか、まったくわからない。しかしともかくも、死者となってしまった人と私たちはお別れしなければならない。納棺師とはそれをつつがなく執り行う仕事であり、またそれは納棺師のみの役目でもなく私たちも心がけなければならないことだ。棺に蓋をする。斎場へ運び、焼却炉へ入れる。火をつける。その節目節目が死者とのお別れである。いくら敬意をはらってもはらいすぎることはない。そんな私たちの思いと本木雅弘の立居振舞いが、映画の進行につれてたいへん落ち着いて重なる思いがした。

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JUGEMテーマ:映画 監督:滝田洋二郎 脚本:小山薫堂 音楽:久石譲 出演:本木雅弘、広末涼子、山崎努、余貴美子、吉行和子、笹野高史、杉本哲太、峰岸徹、山田辰夫 本編:130分 Story 楽団の解散でチェロ奏者の夢をあきらめ、故郷の山形に帰ってきた大悟(本 2008.12.09 23:58
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