大洋ボート

画家と庭師とカンパーニュ

 初老の男同士ににわかに友情が生じ、短い時間を幸福に過ごす。その点では今年公開されたアメリカの『最高の人生の過ごし方』と似ているが、私は『最高…』のほうが好きだ。

 画家のダニエル・オートゥイエは故郷カンパーニュで一人仕事をしている。妻とは離婚の話が進行中で別居状態にある。そこへ彼から依頼を受けた庭師ジャン・ピエール・ダルッサンがやってくる。見覚えのある顔で、二人は小学校時代の悪友同志であった。ここから二人のざっくばらんなつき合いが復活する。回想シーンがおもしろい。校長にふたりでいたずらをしかけるのだが、ワルガキだったことがごく短時間でよくわかる。このシーンはのちにも生きてくる。「義理」で二人で行った葬式で、死者の顔をみてその滑稽さにふきだしそうになって途中で退席する場面があるが、ここにつながっている。何をしても何を見てもおもしろい、という時代が確かにあって、その過ぎ去った時代が二人にふってわいたかのようだ。童心に返るという言葉があるが、心のすべてが返れるわけでないにしても、そんな風に錯覚できて楽しめるだけでも幸せだろう。旧友というものはありがたいなと、思わずにはいられない。

 二人は幸せなばかりではない、画家は先に書いたように家族関係がうまくいっていないし、庭師は病によって短い余命であることがわかってくる。ただ家族関係の面においては、庭師は幸福を築くことができた。国鉄を退職して庭師というコースは、経済的にはそれほど恵まれてはいないだろうが、保養地に行って妻と手をつないで歩くシーンは幸福を物語る。いくつかの山を越えてきたんだろうなと思ってしまう。こういう二人の対照は『最高の人生の過ごし方』とそっくりである。

 庭を完成させ、草花を咲き誇らせたあとに庭師は旅立ってしまう。何かのときにきっと役に立つといってナイフと紐とを渡して。ふりかえれば、遺品というものに、私たちはどれだけ多く囲まれているか、またそれによって救われているか、ということに気づかざるをえないのだ。

 しかし画家が、庭師の遺品のスケッチや夫人の肖像画やらをものにして個展をひらき、それが成功するという終わり方には疑問を持った。画家の幸福は旧友と偶然に再会して短いときを過ごす、そこにこそ中心的な意味があるのではないか。淡くても固い芯がそこにはあるのだ。画家としてのいっそうの成功まではそれはもたらしはしないはずだが、そのへんが曖昧で気持ちが悪い。それに他愛ない話の連続はいいが、庭師の仕事ぶりがほとんど描かれないのにも不満が残った。離婚の話もいつのまにやらうやむやになってしまうようで、「幸福」がずいぶん簡単に取りもどせるように見えた。

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