大洋ボート

駅station(1981/日本)

駅 STATION 駅 STATION
高倉健 (2005/01/21)
東宝

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 高倉健は北海道警の巡査部長。オリンピックに出場したこともある射撃の腕前の持ち主で、来たるメキシコオリンピックの射撃のコーチを担わされていた。だが事情あって、凶悪犯対策のための狙撃班のキャップに任じられる。映画はそれ以降十年あまりの彼の職業の軌跡を描く。また、そこには女性との別れと出会い、さらに別れがある。

 高倉健は表情に屈折があり過ぎるところが不自然で、私にはちょっとついていけない。それでも考え込んだり、ぼんやりしたりしてカメラが静かに彼を追う場面では、そういう屈折がほぐれて共感できる。警察といっても射殺した場合人殺しには変わりはない、という意識が高倉を悩ませる。また、逮捕した犯人が死刑判決を受ける。警察の同僚が何人か、凶弾の犠牲になる。殺伐さしか残らない。人命尊重というほどの大それた観念ではないが、寂しい、つまらない、という感情に高倉はしだいに被われる。やがて高倉が出会うことになるのが、田舎の町で小さな居酒屋をやっている倍賞千恵子。二人は短期間で男女の仲になる。

 倍賞千恵子は生活感をにじませて見応えがある。接客業という商売柄の愛想から恋愛感情にまで地続きに変化していくありさまは、中年女性が恋愛のなかで素直に歓びにひたる表情そのものだ。腐れ縁のようにながくつづく室田日出男を待つことに絶えられても、歓びに対する飢えは打ち消しようがない。それが彼女をとらえる。肩肘張ったところも計算もない。歓びを歓びとして隠さず、高倉に晒し、言う。紅白歌合戦を一緒に見たり、地元の神社に初詣に行ったりするときも倍賞がリードするように見える。そしてテレビにあわせて鼻歌で歌う八代亜紀の「舟歌」。(この歌は何回も映画で使われて耳に残る)高倉は照れたり、ぎこちない笑みを浮かべて共感する以上の表現ができない。こんなものだ。恋愛の高揚期においては女性の方が男性よりも輝く。それにしても、いい女優といえる人は、あるとき見違えるように脱皮するものかもしれない。男優が経験の積み重ねを大事にする職人気質の人が多いのに比べると。

 北海道はさいはての地といわれるが、この映画を見るかぎりでは厳しさはわずかだ。自然のあらあらしさを人為の手がほとんど征服してしまい、住み心地のよい町ができあがったように見える。時化の高波は堤防と消波ブロックとセットにして映される。また、それさえも窓の内側から眺めた場合は風物詩でしかない。だから、大げさに言えば、小さな町の路にふり積もる雪でさえ、人為に征服されてしまったおとなしさ、あたたかさすら感じられるのである。そして、こういう北海道の「あたたかさ」が作用して、高倉健の職業に対する倦怠感もちっぽけな感傷にも見えてくる。
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