大洋ボート

さらば、ベルリン(2006/アメリカ)

さらば、ベルリンさらば、ベルリン
(2008/02/08)
ジョージ・クルーニー.ケイト・ブランシェット.トビー・マグワイア .

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 モロクロ映像の冷たさがさえる。おそらくはデジタル処理されているのであろう。陰の部分から人物が出てきて光があたって容貌が晒される、このときのヌッとした感触がいい。それと終戦直後のベルリンの市街を映したニュース画像(モノクロ)らしきものが挿入されて、映画映像との微妙な差異もまた心地いい。映画が映像表現にこだわることのいい例を見た。

 ジョージ・クルーニーは新聞記者で、戦争勃発直前までいたベルリンを再訪する。仕事のためだが、恋人であり同僚でもあったケイト・ブランシェットを見つけ出したいがためでもあった。だが彼女はあっさりとジョージ・クルーニーの前に姿をあらわす。彼の専属運転手トビー・マグワイアの情婦であったからだ。さらにケイト・ブランシェットをめぐって不穏な動きがにわかに活発になる。正体不明の人物がケイトの夫を探索中で、トビーとジョージは彼やその一味によって手ひどい暴行を受ける。ケイトによれば夫は死んだという。だが小悪党でもあるトビーは、そこに金になりそうな匂いを嗅ぎつけてソ連占領軍にまでそのネタを持ち込む。かねてから横流しした物資を売りつけていたのでつながりはできていた。だがそのトビーもまもなく殺される。新聞記者魂を発揮して、ジョージは真相解明に乗り出すが……。

 ジョージ・クルーニーは直接ケイト・ブランシェットに真相を聞きただせばもっと事態ははやく進展するかとも思えるが、ケイトはあまりにも変わり果てている。肉体だけは開こうとはするが、口は容易には割らない。堕落しているし不遜に見える。だからジョージはケイトを現在のケイトたらしめているものを、取材活動をつうじて知ろうとする。だがトビー殺害事件からあぶりだされてくるものは、新聞記者ひとりではどうにもならないほどの国際政治の陰謀の力学である。またナチス支配下のドイツで、ドイツ人ひとりひとりがどのように生きていかねばならなかったかという厳しい歴史的現実である。なかでもケイトはそのなかの典型的な人間である。生き抜くということ、ドイツの不幸な歴史のなかでその信念にしがみつき、つまり他のドイツ人を犠牲にして生き抜いた。そして戦争が終わってからも、そういう生き方をとりたてて反省もせず、ジョージの前にひけらかすのだ。これでもわたしを愛せる、とケイトはジョージに絶望とわずかな悲しみをにじませて問いかけるようにみえた。愛どころではなくて、ジョージ・クルーニーからみたケイト・ブランシェットはあまりにも重い。(言うまでもなくこの二人は好演そのもの、この作品の独特の空気をつくっている)

 戦後の名作といわれる『第三の男』と雰囲気的には似ているのか。だが主人公の元恋人に対する未練はほとんど見られない。そんなもの持ちようがないほどケイトは毒に染まっている。そしてその毒は戦争という全体につながる。ジョージ・クルーニーが眼光鋭く全体を見据えて、その全体からはね返される孤独感、これがきわだつ。涙なんて似合わない、しばし茫然とするしかない孤独感だ。またつけくわえれば、「全体」というものは映画の上では第二次大戦だが、ほんとうはそうではなくもっと現在的なもので、大戦はその隠喩ではないかという気がした。このことには、最初に書いたモノクロによる映像表現もくわわって効果をあげている。


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