大洋ボート

ミラーナ・テルローヴァ『廃墟の上でダンス』(2)

 私は彼らが真剣な顔で、あるいは微笑みながら死に立ち向かう姿をこの目で見た。たしかに熱狂に身を任せ、常軌を逸した卑劣な行為に走った者もいる。けれど、レジスタンスの圧倒的多数は私たち市民を救うために戦ったのだ。いや、今もなお戦っている。オレホヴォやグローズヌイで出会ったあの戦闘員たちの顔を、私は決して忘れない。彼らには墓もレクイエムもない。彼らは賛辞を求めるでも、憤りを口にするでもなく、文字どおりなんの見返りも求めずに死んでいったのだ。だから、せめて侮辱しないでほしい。(p44~45)


 ミラーナ・テルローヴァはこう書かずにはいられない。第二次世界大戦中にはカザフスタンに強制移住させられ、チェチェン人の三分の一あに当たる十七万人が死んだといわれる。ロシア支配への挑戦と独立は民族の悲願であることをほとんどのチェチェン人が自覚していた。そこへエリツィンの時代のロシアの弱体化があり、チェチェンは千載一隅のチャンスとみて独立宣言をした。第一次戦争の終結期には首都グローズヌイを奪回した。レジスタンスに人が集まらないと、こんな壮挙はやれるはずもない。大学進学や仕事や恋人への夢を投げ出して「なんの見返りも」なく若い人たちは集結した。ナショナリズムが身にしみこんでいるのだろう。ミラーナが自国民として誇りとするところであり、戦いへの連帯表明である。反面、影の部分もある。のちほど紹介するが、若い人たちの戦争への参加とその結末は一様ではない。屈強でありつづけた人もいるが、戦争の牙は多くの若い人を深いところで荒廃させた。ミラーナはこのことも書き忘れない。本書の魅力の大きい部分となっている。

 ミラーナ・テルローヴァはこのようにレジスタンスの暴力は否定しないが、その変質にははっきり批判的だ。同時に弱体化した抵抗勢力がアルカイダなど外国のイスラム勢力に引きずり込まれ合流することにも反対だ。それはまたミラーナ一人の意見ではなく、多くのチェチェン人の意見であり心情でもあるようだ。私たちの記憶にも新しい、チェチェン武装勢力が北オセチアの小学校に子ども多数を人質にして立てこもった事件があった。事件の知らせを耳にしたチェチェン市民は憂慮一色だったという。グローズヌイでは子どもたちが母親といっしょに街に出て「私たちが代わりに人質になります」というプラカードを掲げて歩いた。切実な訴えだ。だが事件は最悪の結果をもたらし、チェチェン市民にも深刻な打撃となった。戦闘意欲を萎えさせるには十分だっただろう。

 尿を飲んで渇きをしのごうとしたあの子どもたちを見て、心かき乱されないチェチェン人などいないはずだ。どうしたってグローズヌイの地下室で同じことをしたチェチェンの子どもたちを思い出してしまうのだから。もしそんな人がいれば、あるいは自分たちの子どもも苦しんだのだから当然の報いだなどと考える人がいれば、それは自らも狂気と残虐に身をゆだねてしまった人だ。死者は三七〇人、そのうち一六〇人以上が子どもだった。それまでチェチェンは正義の戦いをしていると思っていたけれど、もうそうではなくなってしまった。この戦争は敵も味方も腐らせていく……。(p219)



 この事件(二〇〇四年)の二年前にもチェチェン武装勢力によるモスクワ劇場占拠事件があり、多数の死者が出た。チェチェン独立を支持するヨーロッパの人権派にも痛手だっただろう。だが大きい口を開くのは私には似合わないが、やはりここはミラーナ・テルローヴァを代表とするチェチェンの良識派(「狂気と残虐」に陥らない)の存在を信じ、チェチェンの独立を支持しつづけるしかないように思える。もはや本国では抵抗勢力が盛り返す力は残っていないのだろうが、国際世論をあてにした言論、情宣活動を行うという道は残されており、現にミラーナはフランスなどで精力的に講演を開いている。

 たしかに、ロシアとチェチェン双方の血で血を洗う戦争行為に対しては、どちらもどちらという見方が成立しやすい。凄惨な事件を見せつけられたときの当然の反応だからだ。また、その見方に良識がないとはいえない。だが歴史や民族性、またロシアにおけるチェチェン人の被差別性(「黒尻野郎」とさげすまされる)を考慮すれば、チェチェンの独立は認められるべきではないだろうか。欧米がロシアに対する遠慮を解かないかぎりは独立承認には踏み込めず、歴史的時間がかかるのは必至だが。
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