大洋ボート

クライマーズ・ハイ

 見ている最中はかなりのめりこんだ。未曾有の航空機事故であった一九八五年の日航機墜落を追跡する地方新聞社の目一杯の活動がいきいきと描かれている。同じ大きな出来事であっても、同じ新聞社内であっても、人それぞれに役割が立場が、また思いがちがう。これがたいへんあざやかにすくいとられている。

 全権デスクを命じられた堤真一は持ち前のタフネスと清廉潔癖ぶりを発揮して、寝る間も惜しんで熱中し、指揮をとる。だが競争相手は他の新聞社ばかりではない。彼よりも一足早く重役になった男たちは、全権デスクに指名されなかったためか、堤の活躍を何故か快く思わない。嫉妬であるが、そればかりではなく具体的に意地悪もする。また堤が広告のスペースをつぶして記事を掲載すると、当然営業担当がどなりこんでくる。若手記者の苦労もある。徒歩で汗まみれ埃まみれになって現場まで駆けつけるが、携帯電話が普及していない時代なので、通信手段がない。夜中に民家の電話を借りねばならない。また社長の山崎努は記事にあれこれと注文をつけてくる。……。という具合に堤真一の仕事は必ずしも順調には行かない。同じ大きな出来事のもとでの人それぞれの思いと行動ということでは、私は群像劇として見た。『ヒトラー 最後の七日間』という近年の作品を思い出した。国家の中枢部と一新聞社とを比べるとスケールはちがうが、こちらのほうがきめ細かさの点では勝るのではないかとも思った。堤真一も熱演であるし、まわりの俳優陣も負けてはいない。

 若手記者の「現場雑感」が一面に連載され、好評を博することが伝えられると「やった」と思った。ほろっとした。記事の紹介はわずかであるし、また大惨事の現場は直接映像としては映らない。だがブンヤ魂が取材対象の中心にそのときついに届いた気がしたし、同時に事故現場の地獄も彷彿とさせられた。なんだか私もその新聞社の一社員になった気がして、気勢をあげた。

 だがこの映画、突然のように終わってしまう。スクープ記事をあと一押しの確証がとれないことで見送ったことを社長になじられて、堤は辞表を出してしまう。ここで大半は終わってしまうのだ。原田眞人監督はどうやら清廉潔癖な堤真一個人の物語としてつくりたかったようで、だから私が推奨する群像劇は追求不足になったのではないか。堤や新聞社の同僚は本格的な登山活動が趣味のようで、急峻な山の姿に、堤の心情につうずる清新さを語らせたかったようにも見えるが、しっくりと受けいれられない。苦労した撮影であったことを窺わせるが、心を動かされるものがとぼしい気がする。

 それと飛行機事故の全体像であるが、これはこの映画独自の視点でなくても今日的に明らかにされている概要だけでも伝えてもらいたかった。堤真一デスク以下の新聞記者が肉薄した像の本来的な姿がそこに見えるであろうから。また、犠牲者や遺族の皆さんへの供養ともなるであろうから。
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