大洋ボート

フラガール

 折りからの炭坑不況のため、常磐炭坑では人員合理化の波が押し寄せていた。そこで社員の岸辺一徳は、せめてもの雇用の受け皿として「常磐ハワイアンセンター」という娯楽施設を立ち上げる。ダンサーに育てるため、蒼井優ら地元の若い女性をかき集め、さらに指導者として、東京のSKDから松雪泰子を招く。一九六〇年代中頃のことだ。

 同じ炭坑町で育った友人が、親の首切りのために引っ越していく。蒼井優と同じく、彼女もダンサー仲間の一人だった。このときはさすがにじーんとくる。別離のつらさだけではない。友情のうつくしさだけでもない。別離を惜しんで町の人々が集合するにぎやかさだけでもない。このとき既に女の子同士の一体感が不動のものになったことを鑑賞者は知らされる。「じゃあなあ」と繰り返し呼び交わしながら手を振る友人同士の姿からは、こんなことでへこたれるものかという気概が闘志が、ひしひしと伝わってくる。若い女性同士の一体感は、メンバーがひとりふたり欠けたとしても揺らぎはしないのだ。

 女性たちは熱心な練習の成果で、フラダンスやタヒチアンダンスがどんどんうまくなっていく。その様子も描かれるが、それよりおもしろいのは炭坑町の住民、特に女性たちと親の世代に当たる人々との対立と、やがてそれが氷塊していく過程だ。炭鉱労働者には、暗いところに入って辛い目をして汗水流すのが労働だ、という職業に対する倫理感、誇りが自然と身に付いている。裏を返せば、ダンサーというような仕事に対する嫌悪感だ。若い女性がそんなことに染まるのは不良に見える。遊びにくる人に対して、媚びを売ったり肌の露出の多い衣装をまとって踊ることが、まっとうな仕事だとは思えない。それがほぐれてくるのは、やはりダンサーの女性たちの一途さと一体感が、住民にもひしひしと感じられてくるからだ。

 町の住民がいくら気風を守り健闘しても、石炭不況という大きな嵐は押し返すことができない。そんな寂しさも伝わってくる。彼女たちに未来を託す、というほどのことでもないが、せめて認めてやろう、応援してやろう、という変化が兆すと、今度は一体感が街全体にまでひろがって定着する。活気が出てくる。この過程はうつくしいものだ。蒼井優は最初は地元のダンサーを踏み台にして、やがては東京へ出ていこうという野望を抱いていたのだが、そんな想いもごく自然に消えている。

 板壁と瓦屋根の長屋のくすんだ色の眺めがなつかしかった。中国映画『胡同(ふーとん)のひまわり』では石造りの長屋が見られたが、日本人ならやはり木造の家に郷愁を抱くのではないか。その長屋のくすんだ色彩と対照的なのが、勿論ダンサーの衣装のカラフルな色彩で、この両者の色彩の対照がそのまま映画の構図にもなっている。

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