大洋ボート

告発のとき

 イラク戦争によって精神を病み、堕落し転落するアメリカ軍の若い兵士が描かれる。先進国では一様にナショナリズムが希薄になったとは、一部でよく言われることかもしれないが、そのことと戦争に従事する者の精神が脆弱化したという言説を結び付けてはならない。戦争という巨大な暴力はどんな屈強な人間をしても精神のバランスを喪わしめるのではないか。また先進、途上の国によるちがいもほとんどない。今までは、死や肉体の損傷が主だってとりあげられてきて、精神の損傷は見過ごされる傾向があったのではないか。『ディア・ハンター』あたりが先鞭をつけたのかと思われるが、この映画もまたそれをとりあげた。しかもあの映画のように特異な個人としてではなく、兵士の全体像としての精神の損傷である。心的外傷後ストレス症候群ともいわれるさまざまな欝症状や抜きがたい暴力的傾向が、イラク帰還兵の間に蔓延する様がくっきりと描かれている。

 トミー・リー・ジョウンズは軍人だが、イラクから帰還したはずの次男(長男はすでに戦死している)が消息を絶ったことを知らされる。いても立ってもいられなくなった彼は基地へおもむき、軍関係者に詳細を聞く一方で、地元警察の刑事シャーリーズ・セロンにも協力を依頼する。また頻繁にイラク従軍中の息子から彼のもとに送られてきた携帯電話の画像や映像の修復を専門家に依頼する。こうして多方向からの調査によってしだいに真相があぶりだされてくるが、スリリングだ。やがて息子は焼死体で発見されることになる。

 息子はイラクに移動した最初の頃は、非情な暴力に対して批判的だったようだ。轢いてしまったイラク人の子供の安否を気遣って、装甲車から降りてしまうが、これは命令違反だろう。また軍人としての父を尊敬していたこともうかがえる。だが真相は怖ろしいかぎりだ。書かないが、息子が仲間から「ドク」(ドクター)とあだ名で呼ばれていたこと、装甲車に乗せられた負傷者に対して息子が、「どこが痛むんだ、ここか、すぐに手当てしてやるからな」と叫んで言い聞かせる場面も修復されて明らかになる。それらの断片的な手がかりは驚くばかりの真相に到達する。

 戦争はどうにもならない規模の恐怖を生む、また敵としてのイラク人への憎しみも生んでしまう。逃れるために麻薬にも手を出してしまうが、それでも収まりがつかないものらしい。大きい暴力に対する恐怖と無力を、小さな存在に対する暴力と剥き出しの攻撃性で埋め合わせようとする。暴力が深く浸透してしまって自制が効かなくなる。さらにその傾向はアメリカ本国にも持ち帰られる。

 自制といえば、トミー・リー・ジョーンズは身の回りを、たとえばベッドメイキングを丁寧におこたりなくすることで、それを保つことの一環としていることがわかる。だが彼にも若いイラク帰還兵の「損傷」が伝播するのか、髭剃りで誤って顎を切ってしまい、出血する場面がある。どうしようもない重さを抱えてしまった彼の困惑と無力を象徴している。そして彼の前半とはうって変わった無力とみすぼらしさの表情。

 ラストは自宅近くに掲げられる国旗を、彼が係りの人に依頼してさかさまに揚げる映像で締めくくられる。これは最初のほうに説明があるが、救難をもとめる合図である。アメリカはここまで落ちてしまった。もはや自己救済する力も失いかけている、と。

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