大洋ボート

森恒夫『銃撃戦と粛清』(8)

 森恒夫のこの本は過激派独特の、また赤軍派独特の言葉づかいのため読みづらい。しかし慣れれば単純な二分法によって成り立っていることがわかる。建軍建党、上からの革命、プロレタリアート、銃による殲滅戦、目的意識性、内在性、共産主義化、革命戦士、革命的気概、等々の言葉が肯定的に使われ、解軍解党、ブルジョア個人主義、爆弾闘争至上主義、一揆主義、待機主義、日和見主義、外在性等々が否定的対象へのレッテル貼りとして使われる。この他にも言葉はまだまだ挙げられるだろう。また自然発生性や小ブル急進主義などはあるときは肯定的に使われ中間的に見られる場合もあるが、どちらかというとやはり軽蔑の対象のようである。そして牙をとぎすまして十二人も殺した森のことだから、二分法にしてもその肯定的許容範囲は非常にせまい。山にたとえるなら頂上とそのわずかな裾野だけが許容肯定の範囲で、それより下に見えるものは一切合切が否定し打倒すべき対象となってしまう。

 再整理すれば、(イ)短期間に個々人の内在的総括をなし切らねばならないという論理、(ロ)暴力による指導、暴力による同志的援助が必要であるという論理、(ハ)総括し切れない者は組織から逃亡する危険をもつものであるという論理(表にでたのは後になってからだが)、(ニ)総括し切れない者には、命がけの状況(ロープで柱に縛りつけ、食事も与えない)を強要して総括させ、決して甘やかしてはいけないという論理、(ホ)縛られた者は、たとえ片腕を失くしても革命戦士になろうとする気概をもって総括すべきであるという論理、(ヘ)縛られた者が総括し切るという事は0から100への一挙的な飛躍であるという論理、etcが、こうした事実経過のなかでつくられた。(p42~43、なお原文ではカナ番号は丸囲みだが、文字化けを避けるためカッコを採用した。)



 このあたりは比較的丹念に書かれたところであろうか。総括要求がどのような論理付けによってなされたのかを記した後、逮捕二ヵ月後の時点での全否定的反省が同時に記される。たとえば

(前略)(イ)′については(a)短気に為さねばならないという設定が高次な広さと深さをもった指導(例えば、メンバーの選抜)の内実を獲得してはじめ為し得る事、が、我々はそうした指導の獲得―中心的には指導部の徹底した政治の深化、共産主義化を獲得していなかった。
 (ロ)′については、(b)暴力はプロレタリア隊列の内部に於いては、裏切りや反革命行為に対する組織的プロ的な制裁としてのみ意味をもつものであり、指導として暴力を用いることは指導の内的な脆弱性、貧弱製の表われに他ならない事、それを同志的援助と云う事は誤った指導の合理化である。
 (ハ)′については、(c)総括を要求された本人に内在的な根拠をもたず、従って本人に充分納得させる事ができずに非人間的な環境に落とし入れた時、当の本人が苛酷な肉体的条件とも合わせて逃走を考えたりするのは、ある意味で当然である。とりわけそうした暴力が明白な反革命的行為に対してなされたものでないが故に。(p44)



 以下、(ニ)(ホ)(ヘ)への自己反駁がつづくが省略する。逮捕からわずか二ヶ月たった時点でよくもこんなに堂々と「反省文」がかけるな、とはまずは思いたいところだが、また腹立たしくもなるが、彼なりに論理構築したうえでの後の自殺(人民法廷による処刑)が視野に入っていて書き急いだのだろう。それに、十二人を殺した時点で、森は組織の解体を実感したとも書いているので「反省」はそのとき既に始まっていたとも考えられる。もっとも反省が起こったとしても逮捕されなければリンチは収まらず、総括による死者はもっと増大したという可能性もある。

 「敗北死」も含めたこうした理論構築は当初からなされていたのではなく、まさに「事実経過のなかで」事後的に森が完成させた。何故なら死者の発生の危険性と可能性はわずかに想定されつつも、必然としては捉えられていなかったからで、死に対する理論的対応は最初はなかった。「短期による共産主義化」という命題付けによって暴力が全面的に肯定され、主武器として行使されたにとどまる。意図としてはそれ以上ではなかった。つまりは、身勝手な主観によって殺す意図はないものの殺すに充分すぎる暴力を加えてしまったのだ。

森はいったんは共産同(赤軍派が分派する以前の組織)内部の内ゲバのさなかに逃亡した前歴をもつ男である。上部クラスの幹部が根こそぎ逮捕させるなかで、呼び戻された。それだけにはりきったのであろう。来るべき「殲滅戦」に向けて率先して暴力を身にまとわなければならないとも思ったのだろう。だが今回の読書で発見したのは、森の暴力への幼児的ともいえる依頼心で、あらためてがっかりせざるをえなかった次第だ。同じことだが、凄まじいまでの暴力への執着、「物神崇拝」において彼は暴力がまるで「打ち出の小槌」のように都合のいい新たな事態を産出してくれるというような妄想を抱いたのではないか。結果、森は暴力の適用を誤った。森がどんなに論理の鎧で固めたつもりでも彼の異常性、幼児性が透けて見えてくる。坂口弘の指摘がなければ、私にはまったく気がつきようがなかったカ所がある。

 一二月下旬、私が旧革命左派のベースに入ってから数日後、我々は後にC.Cとして確立された若干のメンバーに対して加藤、小嶋両君に対して暴力による指導を行う必要がある事、具体的には顔が二~三倍にふくれ上がる程度に殴れば気絶するから、それで止める事を提起し決定した。(P32)



 「気絶」の意味が重要である。森は読者にわかるようには書いていないが、同じ場面を描いた坂口の文を読めば、その錯誤に驚く。なおC.Cとは坂口によるとCENTRAL COMMITTEE=中央委員会の略で、「若干のメンバー」とは森、永田、坂口、坂東、寺岡、山田、吉野の顔ぶれである。

「これまでの総括要求の限界を乗り越え、真の総括をさせるために殴る。殴ることは指導である。殴って気絶させる。気絶から覚めたときには別の人間に生まれ変わって共産主義化を受けいれるはずである」
と説明した。
(中略)
 それは思いがけない提起であった。だが、私も含めて激しく躊躇したり反対する者は一人も居なかった。私は残酷な提起だと思いはしたが、気絶するまでという歯止めがかけられているので、酷い事態にはなるまいと思い、賛成した。しかし、これが大変な思い違いであることを、殴打が始まると思い知らされるのである。
 永田さんが、
「どのくらい殴ったら気絶するの?」
と訊いた。森君は、
「顔が二~三倍に膨れるまで殴れば気絶するだろう」
と答えて、両手で顔が膨れる真似をした。
(中略)
 永田さんはもう一度、
「ほんとうに気絶するの?」
と念を押した。森君は頷いた。こうして加藤能敬君への集団暴行が決まってしまうのである。(『あさま山荘1972(下)』(p256~257))


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