大洋ボート

森恒夫『銃撃戦と粛清』(5)

 十二月三一日、遠山美枝子、行方正時、進藤隆三郎そのほかのメンバーが山梨県新倉ベースから合流。(当地は群馬県榛名ベース)翌年の一九七二年一月一日には進藤、二日には遠山、行方の総括が始められる。進藤は以前にフーテン的な生活をしながら複数の女性と関係をもったこと、関係を持った女性が他のメンバーを権力に売り渡して進藤との逃亡をくわだてたこと、それに私にはわからないが「ルンペンプロレタリア的戦役主義的傾向」などが批判された。行方については当初の追求材料は森のこの本では曖昧である。これというものはなかったのではないか。しかし。遠山とともに全体討論にかけられたなかで彼は、自分は闘争において常にうしろからついていく態度で積極的でなかったこと、革命戦士になれないかもしれないと思い、ベースに来る前に自殺を考えたこと、女性問題などをみずから口にした。さらに暴行を受けたあと、権力にばれているアジトに非合法メンバーを行かせようとした、とも話した。少しもどって、合流してきたときの三人の様子を森は記している。三人には総括要求を中心とするさらにすすんだ闘争を指導し、教育しなければならないと全体討論で確認がなされていた。坂口弘『あさま山荘1972』によると、三人は新倉ベースにやってきた坂東国男から、加藤、小島の二名に対する総括要求がはじまっていることを既に知らされていたが、尾崎のことは知らなかった模様である。緊縛については自分たちで目撃するまでは知らなかった。

それで、遠山、進藤、行方等のメンバーがやってきた時、彼等が柱に縛られている加藤、小島、尾崎君の異様な姿を見て驚いた様子で、一様に意気消沈した風であった事から、我々は彼らが合同軍事訓練以降の総括期間を経ながら未だそれを為し切ってはいない様であるとの判断をした。
 特に新藤君は縛られている三名の事を気にして態度に落着きがなく、遠山さんは合同軍事訓練の時に批判された合法活動→非合法活動への転換によって髪の毛も切る必要があるという事に対して形ばかりそうしたのみであり、軍事訓練時のセクト的な、旧革命左派の女性同志に対するライバル的な態度が抜け切ってはいず、行方君は非常に神経質な様子で軽いノイローゼ的な様子さえ見られ一人でふさぎ込んでいる時と皆で話している時の感情的な起伏が激しい事etcが我々の目についた。(p48~49)



 修羅場を目撃して驚いたり、動揺したり、恐怖心に駆られたりはまったく当然の人間的反応である。「意気消沈」もするだろう、誰だってそうだろう。だが森はそれが自分(たち)の戦闘性、正当性に理解がおよばない反応だと受け止めた。そして敵愾心をめらめらと燃やしたのだろう。類まれな迷妄と興奮の穴に陥ってしまっていたというべきか。いや、それは外部からの私たちの見方であり、森は総括要求の正当性にこだわり、そのかぎりで感情を燃やしたのだ。そのうえで三人のまったく自然な人間的反応をないがしろにしてしまった。全員の「共産主義化」という至高目的からすれば、緊縛された三人とそれを目撃してたじろいでしまう三人の計六人は、森にとっては軽蔑と憎悪の炎をいくら燃やしても燃やし足りない存在でしかなかった。その感情の激しさは、私の校長室での仲間に対する思いに繋がる性質のものであろうか。ともに森の言葉づかいを借りれば「自然発生的」なものであっただろうか。ともかくも、これに加えて総括要求理論の「目的意識性」がすでにあって、さらに感情を尖鋭化させる結果となった。

 森はそういう使い方はしていないが、私に言わせれば、遠山、進藤、行方ら三人の意気消沈ぶりもまた然り「自然発生的」だ。「自然発生性」に対する森の評価はさまざまであるようで、まったく否定すべき営為や闘争行為だったり、好ましいがあと一歩及ばないそれらだったりする。それらに目的意識性を「外部注入」して正規的方向に導くことが森らの理論と行動であるが、「自然発生性」という言葉をつかうことで、それらをあまりにも軽く見做してしまう悪癖がまとわりつく。自然発生性を即座に肯定することには気をつけなければならないが、馬鹿にしてはいけないし簡単に変えられるものではない。また眼につくかぎりでの人の営みばかりが自然発生性でもなく、人間のなかの「自然性」はもっと奥深くどっしりしたものでもあるのだ。死と暴力をおそれ嫌忌することは、きわめて自然な大事な人間的反応だ。階級闘争などといっても、そういう感情と倫理が根本になければならない。そのうえでの暴力行使の選択でなければならないのだ。こんな一片の説教で、私としてはこの出来事を片付けられる気にはなれないが、書いておこう。ともあれ、人間としての当たり前の反応と感情を、森は攻撃対象としてしまったのだ。

 すべての人がそうだとはいわないが、過激派の運動家なるものは戦闘意欲や国家権力への憎悪をたえず意識的につちかっている。暴力への親近感といっても同じで、いわばそのエネルギーの表出の機会をたえずねらっている。それが彼等にとっての闘争であり、頂点としてのかかる闘争のためのさまざまな活動であり理論勉強なのだ。自分たちの力がいかに十二分に発揮されるかが問題意識の中心となる。直近の過去の闘争がふりかえられる場合においても、社会的影響がどれほどのものであったかというような評価は、ひととおりなされるにしても、さらに否定的に評価されるにしても、評価自体がともすれば軽視される傾向がある。力がまだまだありあまっているという自負と自画自賛があるからで、当の力を次回の闘争に注ぎ込もうと、あわてたように方針の樹立にとりかかる。こういう傾向は「正当性」が大前提として固定されたままであるからで、正当性とそのときどきでの応用に対して、個人や組織がいかに乖離せずにどっぷりはまりこむことができているか、という問題意識や反省が大部分を占めるからだ。逆から言うと、「正当性」そのものの検証がおろそかになりがちだということだ。「正当性」と社会や世界との関係性よりも、「正当性」と個人や組織との関係性が偏って重視される。

 森恒夫という人も、そのような人であったのだろう。そんな彼のもとに弱小な個人が、森からすれば「意気消沈した」「総括の遅れた」また格下の人間がやってきたのだ。国家権力のようにあまりにも大きいがゆえに一挙的な打倒が不可能な、それゆえ憎悪の標的をしぼりにくい対象ではない。打倒可能な弱い存在であるがゆえに、かえって憎悪は拡大するのだろう。一人一人が切り離されて集団に囲まれるのだから、まさに多勢に無勢だ。そこに闘争としてのエネルギーが、暴力が注がれる。あとには自己や組織に課した制限や倫理をどうするのか、とっぱらうのか否かという問題意識が残るだろう。

 森は暴力の誘惑に負けたのだろうか。「負けた」という言葉をつかうならば好んで負けたのだ。心理面のことは、ほんとうのところはわからない。それよりも「総括要求」「共産主義化」という理論を鎧のようにみずからに着用し、がんじがらめにした、人間よりも闘争を優先させた。さらに死の誘惑にも負けた。おそらく悪を受けいれたのだ。みずから率先して悪人になる道を彼は選んだ。そういう自覚があったからこそ、逮捕後二ヶ月のちにみずからの非人道性をあっさりと認めることができたのではないか。悪と闘争がコインの裏表であることを、山岳ベースにおいて森は十分自覚するに至ったのだ。「銃による殲滅戦」「共産主義化」の実現のために。集中に集中を重ねた意気込みであっただろう。
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