大洋ボート

実録・連合赤軍

  三〇年以上もたっての連合赤軍である。私もあの出来事に衝撃を受けたひとりで、その後も関心を持ちつづけ、森恒夫、永田洋子、坂口弘の手記を読んできた。細かい部分は忘れているが、だいたいは事実どおりに描かれている。しかし十分な時の蓄積があったのだから、何かしらあたらしい視点を提出できなかったのだろうかという思いが残り、残念である。それに比べると瑣末なことだが、根気よく事実を追っているものの、映画の出来という観点からすると、最後のあさま山荘での銃撃戦で、大量動員された機動隊の映像がまったく登場しないことがやはり物足りない。(山荘に突入した若干名の機動隊だけが登場する)低予算だったからはしょらなければならなかったのだろうが、それならば導入部に多用されたニュース映像をもってきてもよかったのではないか。

 ヒロインに遠山美枝子をえらんだのは成功した。彼女を演じた酒井真紀という人を私は知らないが、自分の身に置き換えて精いっぱい演じていて好感がもてた。「指輪をしている」「髪を梳かしている」「女を武器にする」こういう些細な理由で遠山は批判された。他のメンバーへの制裁にも参加させられたあげくに彼女は自分で自分を殴打させられる。血を流しぐったりした彼女の元へ永田洋子が鏡を持ってくる。顔を見させるためだ。このうえなく残酷で攻撃的である。ごくあたりまえのことながら遠山は絶叫し泣く。その顔は醜く変形してしまって老婆か幽鬼のようである。この映像はさすがに衝撃力があって、遠山にとって理解を超えてしまって恐怖そのものだ。自分ではない自分を受けいれられない遠山。悲しみや絶望という感情が追いつかず、そういうものさえ崩壊する。ただ泣き続けるしかないのだ。そして「なんでわたしは死ななきゃならないの」という彼女の叫びが私に十分にとどいた気がする。これは遠山美枝子の叫びでもあり、女優坂井真紀の叫びでもあり、私たちがたいせつにしなければならないものだ。

 だが私は泣けなかった。三〇年以上という時の経過が、この事件ばかりではなく、あの時代が孕んでいたし私も染まったであろう「熱」をすっかり冷めさせてしまい「冷たいいかがわしさ」となって、この映画を支配しているからである。参加した全員がそうとは言わないが、六〇,七〇年代の左翼運動には暴力を祭りあげて、より暴力的になることが誠実であり、個人的にも運動的にも飛躍であり発展であるという空気が充満していた。私にもそういう部分は大いにあった。「革命」ならば暴力は引き寄せざるをえないが、あまりにもそこに執着しすぎた。考えることをあっさりと捨てることが、自暴自棄に近づくことが誇りでさえあった。当時私は無意識であったが「いかがわしさ」でなくてなんであろうか。そして「革命」と「熱」が退潮すると、いかがわしさだけが、しぶとく記憶にまつわりついてきた。そういうものの典型的な空気と私は、この映画を見る間向き合っていた。だから泣いたり酔ったりはできなかった。無論、革命でなくても暴力を行使してしまうことが人間には無いとは言えないだろう。だがそれは、時代的ないかがわしさとは切り離すべき問題なのだ。

 遠山美枝子のことにもどれば、彼女は赤軍派の幹部であった男と同居中、その男の逮捕に遭遇している。また友人であった重信房子がレバノンへ旅立った。それらふたつの別れをへながら、彼女は二人や他の仲間を大事に思い、みずからも同じ思いを共有しようとして連合赤軍へ参加した。その遠山を待っていたのが永田洋子だった。永田らの革命左派が移動の際水筒を全員持参しなかったことを森恒夫に批判された。それへの意趣返しでもないのだろうが、永田は遠山の態度を先に書いたことをあげて批判したのである。こういうかたちでの出会いはなんとも不幸で、厭なものだ。異なる党派同士の人間が二、三〇人も、せまい山岳ベースでいきなり共同生活をはじめるのだから、誰にとってもだがとくに指導部にとっては極度の緊張を強いられるのだろうか。ともかくこの永田の遠山批判を受けいれることで森は革命左派との融和を図ろうとしたのだろう。

 「死にたくない」「どうやって総括したらいいのかわからない」森や永田のいないところでメンバーが私語としてつぶやく場面がある。まったく当然のことだ。総括要求とは、戦いへの取り組みの不徹底やミスを洗いざらいにして反省することではないか、誰でもそう解釈する。だがそれをやった途端、森やメンバーから鉄拳がくわえられる。そして当事者が死んでしまうと森は「敗北死」だと断定する。「敗北死」とは最初に死者を発生させてしまった際、森がつくりあげた観念で、不可解だが革命的気概があれば肉体的危機をのりこえられる、それが創出できないが故の死、ということになろうか。森自身の責任回避のための詭弁であり、なんとしてでも権力を維持しようとする執念が覗かれる。森はまた、最初の死者以降「総括援助」と称して総括要求された者への暴力を全員に強制した。森の意思を全員の意思として同体化させるためだ。総括要求とは別に「処刑」を宣言して森が単独で殺してしまうこともあった。空恐ろしいことだが、そうした総括要求や総括援助、処刑をつづけることが森にとってのたたかいであり権力維持であったとみなすしかない。

 だが総括要求とは何だったのか。森の手記を読んでも過誤であったとは認めているが、くわしい言及はなかったと覚えている。私は最初から無き者にしようとした意図があったと思うが、その辺は森の亡霊を地下から引きずり出してでも聞いてみたいところだ。最初に書いた「あたらしい視点」とは、そのような森恒夫という人のやったことへの突っ込んだ解釈を指す。映画感想文からかなりずれてしまったが。

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