大洋ボート

紙屋悦子の青春

 特攻隊員として出撃が決まった松岡俊介が、航空隊の先輩の小林薫の家に別れの挨拶に来る。そこには互いにほのかな恋情を交わし合った小林の妹の原田知世もいた。だが原田にはすでに婚約者がいた。松岡の後輩の永瀬正敏で、松岡が小林に話を勧めた結果だった。

 こういう場面はいやというほど映画やテレビで見せられたが、恋愛のこともさることながら、死を知らされるのはやはり辛い、と思わざるをえない。戦争下にあっては、死は偉大だ。国家という全体への最大の奉仕となるからで、誰もがやがて自分もそういう運命を担わなければならないかもしれないと、痛切な想いを抱くからだ。また逆に、暫くは生きのびられるかもしれないという見通しや期待を、ともすれば抱いてしまう後ろめたさからも来る。勿論、親しい者の死は悲しいこととしてあるのだが。私が言いたいのは、戦後生まれで反戦的姿勢をごく自然に受け入れている私のような人間にとっても、そういう死の偉大さが、まっ先に感情として飛びこんできて、「死の愚劣さ」の理念がかなり遅れて飛来してくる、ということだ。今日においても「反戦」はそれほどまでには徹底していないのではないか。国家の対外姿勢を別にして、少なくとも私達の感情の範囲においては。

 小林が松岡から事を告げられて、居住まいを正す。胡座から正座に変わる。原田が「ご自愛下さいませ。」と精一杯のたむけの言葉を送る。辞去した直後、小林の妻の本城まなみが、原田に送ることを勧めるが、原田は号泣したままそれができない。そういう一連の場面に、凛々しさや人情や節度というたぐいしか受け取れないのは何故だろうか。戦争がとおざかって久しいからか、なつかしさをひとりでに分有してしまうからか、私が酔いを求めがちな映画鑑賞者という位置にあるからなのか。

 舞台劇が原作であるためか、セリフが多すぎ、場面転換が少なすぎる。また、満開の桜や波といった重要であるべき景物がそれほど美しくないく、心にとどまらない。同じ黒木和雄監督の「美しい夏 キリシマ」は自然の風景がたいへん美しかったが……。本作が黒木の遺作となった。
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