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フォークナー『サンクチュアリ』

サンクチュアリ (新潮文庫)サンクチュアリ (新潮文庫)
(1973/01)
フォークナー

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▲ 自分の生まれ育った環境が、家族もふくめてそこに住む人々の生活様式や因習や感情が、血肉となって自分のなかに流れている。そういうことを強く意識させられることが人によってはあるのだろう。さらには、関心の対象であるという以上に、取り除かなければならない病巣がその環境の中心部にあって、それは自身にも深くつながっているのではないか、という疑念にとらえられる。病巣が自身そのものではないが共通部分がある、あるいは近接した場所に居座っている。何とか対象そのものを明確にして自身とを分離させ、その距離を最適にとらねばならない。だがその作業は容易ではない。そこに的確にメスをとどかせるには知力と体力が並外れていなければできない、生涯のほとんどを注ぎこまなければならないほどの根気が要求される、格闘そのものだ。ウィリアム・フォークナーを読むと、そんな射程の長さを感じ取らずにはいられない。彼の著作のほんの一部分をかじっただけに過ぎないが、書いておきたい。ともかくフォークナーにとっての環境(=故郷)とはなつかしさばかりのものではなかった。親しみよりも嫌悪が先に来た。

▲ フォークナーが追求したのは悪であり、それを体現した悪人である、またその悪人に翻弄されて平穏をうばわれてしまう人々、またそれとはやや隔たった位置にあって取り巻くように存在しながらも、どこかはじめから常軌をうしなった人々、群集である。そしてそれらの「多数派」を形成する人々のなかで、孤立しながらも誇りと自由とひとかけらの倫理を失うまいとする人や、社会的規範を実現しようとする人である。無論フォークナーは後者に希望を託したのだし、小説のなかであれそこに「伝統」と呼ぶべきものを定着させたいと願ったと思いたい。

▲ さて、この小説は同時に起こった殺人とレイプの事件とその後の裁判の経過、それにそこに関わった人々の劇的な体験が描かれる。悪役つまり犯人はポパイという小柄な男で、人を虫けらのように射殺したり、女なら異常な方法で犯してしまって平気な、同情の余地のない文字通り冷酷非情の悪人だ。彼は廃屋となった農家を利用して、数人のグループとともに密造酒を製造していた。一九二〇~三〇年代の禁酒法の時代だ。そこへ無類の酒好きの青年ガワァン・スティヴンズがガールフレンドのテンプル・ドレイク(十七~八歳の女子大生)を車に同乗させてやってくる。あちこちに酒を求めて満足な品が得られなかったためで、そのグループから以前にも買ったことがある。ところが彼はすでに酔いがまわっていて、廃屋の手前の道で事故を起こして車は運転不能になった。テンプルは単身で日没前にそこから離れようとするができず、結局は二人してそこに泊まらなければならなくなる。パーティ用のはなやかな服装をした若い女を見てほとんどの男が欲情を抱く。しかも同伴の青年は酔っぱらっている。そんなグループのなかでトミーという鈍重そうだがお人よしの男と、ルービー・ラマーというグループの食事の世話をするたったひとりの女性がテンプルを擁護する。だが彼らの心配と行動も空しく、一泊した翌日の午前にテンプルは、まぐさ小屋でポパイによって暴行を受ける。さらにテンプルの傍にいたトミーも邪魔者扱いされて銃殺されてしまうのだ。

▲ これが事件の概要だが、物語はつづく。ポパイはすっかり怖気づいてしまったテンプルを車に乗せて逃亡し、ミス・リーバという女の経営する売春組織の館に監禁する。そこでもさらにテンプルに暴行を繰り返すのだ。ミス・リーバという女も悪辣で、ポパイは彼女にとっては金離れのいい上得意客らしくて、好きなようにやらせて眼をつむる。一方、廃屋に残っていたリー・グッドウィンという男がトミー殺害容疑で逮捕される。彼には殺人の前科があった。他の仲間はすでに逃亡したあとなのか、小説では詳しくはふれられていない。グッドウィンは否認したまま裁判を待つことになる。ホレス・ベンホウという弁護士が彼の弁護を引き受けることになるが、グッドウィンは寡黙だ。目撃こそしないものの、ポパイが犯人であることは普段の凶暴と短気から見当がつきそうだが、打ち明けない。彼もまたポパイをおそれ、その復讐に縮みあがるようだ。刑務所の格子つきの窓の外からさえ、ポパイの銃口が向けられるのではないかと心配するくらいだ。

▲ フォークナーは初期にはあまり注目されない作家だったという。最初に話題になったのがこの「サンクチュアリ」で、しかもその煽情性ゆえであったという。ポパイが不能者であり、そのレイプの方法がトウモロコシの穂軸をつかってのものということが読みすすむと明らかになる。売春宿ではごろつき仲間のレッドという男にテンプルとセックスをさせて傍で見て興奮するという異常ぶりが加わる。しかもテンプルは処女で、その出血の様もほんの少しずつだが描写がある。世間の注目を引きたい思いがあったのか知らないが、あまり印象はよくない。しかしそういう要素もまたフォークナーの特色かもしれない。印象の悪さは、この小説の中心部で質を換えてさらに展開されるので、「煽情性」ははずみをつける役目を担わされたのかもしれない。

▲ テンプルはすっかり正常性を失う。病気かどうかはわからないがとにかく異常で、そのことに自身気づいていない。自身がどんなに打撃をこうむったのか正面から受け止めようとしない。あまり残酷だから目をそらすのか。そのうえポパイに対する恐怖心で一杯になったうえでセックスを教えられて、その欲情にも執着してしまう。ようやく彼女を探し当てて事件の核心部を聞き出そうとするベンホウに向かって、彼に言わせれば「いわば女性が自分は人々の注目を浴びていると気づいたときにする派手なお喋り調の独り言」をまくしたてる。そこには「誇り」や「素朴で無邪気な虚栄心」はたしかにあるものの「独り勝手な空想」でつくりあげた話だ。どうしようもなく事件の核心を避けてしまうのだ。

それからあたし言ったの、これじゃあまだ利かないわ。あたし男じゃなきゃだめだわ。それであたし年寄りになったの、長くて白いひげを生やした男にね、するとあの小柄で黒い服の男はだんだん小さくなっていって、そしてあたし、ほらごらんと言ったわ。よく見てごらん。いまあたしは男よ。あたし男になったときのことを考えて、そしてそれを考えはじめたとたんに、そうなったの。あれがね、ぽんというような音立てて出たわ、まるで細いゴム風船を裏返しにして息を吹き込んだときみたいにね。あれは冷やっこい感じだったわ、ほら、口をあけたままにしておくと、内側が冷たくなるでしょ、あの感じ。そしてあたし、いまにきっと彼がびっくりするぞと思いながら笑うまいとしてじっと寝てたわ。あたしのパンティのなかではあの手の行く先でぴくつきが走るのを感じていて、あたし、寝たままで、もう一分もすれば彼がどんなに驚いて怒るかしらと思って笑わないように我慢してた。それから急にだしぬけにあたし眠っちまったの。彼の手があそこに届くまで目をさましてさえいられなかったの。ただすうっと眠っちゃったわ。(289p以下)


▲ これは、すぐには呑み込めない世界だ。無理から事件を冗談にしてしまって笑い飛ばすポーズをとろうとするのか、童話的な世界に逃げこもうとするのか、とにかく正常ではない。強がるのか。ペニスが生えてくればいいとは、一瞬でも頭をよぎったのかもしれないが、針小棒大に語るばかり。相手の男が小さくなったなどとは、そのときは微塵も考えなかったにちがいない。「あれ」とは女性器のことで「裏返し」になったとはそれがペニスに変身したことをさすが、笑いをこらえただの、すべて捏造の世界だ。しかもこれは暴行の直前の様子を語るのではなく、その前夜の未遂におわったときのことらしい。真っ暗闇の部屋のベッドに彼女はガワァンと並んで眠った。しかもルービーが部屋の隅でこっそり見張っていたし、トミーもポパイを尾行していたのだ……。あまりに無残な体験をすると、正面からそれをふりかえることが直ちにはできないものかもしれない。私はその点では同情せざるをえないが、言葉がまるで支離滅裂で、醜い態度であることは否定できない。作家とは、否定的な人間像をも想像力でもってその対象に乗り移ろうとするものではないだろうか。また作家自身の過去にも、現在からみて否定すべき心身の体験があり、それも動員するのかもしれない。だがいつまでもその作業にとどまって入られない。フォークナーはホレスに「あの子は今夜にでも死んじまったらそのほうが身のためなんだ」と憤激と苛立ちを抱かせるが、ここまで書いてきたフォークナー自身に対する吐きすてたい気持ちも多分に反映しているのではないか。

▲ だがほんとうに絶望すべき事態は裁判において訪れる。テンプルは証言者として出廷するが、そこでグッドウィンを真犯人とする検事の主張をあっさりと肯定してしまうのだ。ここは読んでいてがっくりするところだ。たしかに彼女のポパイに対する恐怖心は察してあまりある。なにしろ目前で二人もの命がポパイによって葬られたからだ。トミー、そして彼女が逃亡のためにすがろうとしたセックスの相手のレッドだ。これはポパイ個人への恐怖もさることながら、劣悪な治安状態の小さな町全体への恐怖でもあるのだ。フォークナー書くところの架空のヨクナパトゥファ郡の郡都ジェファスン。ここでは判決後、群集がグッドウィンを刑務所から引っ張り出して焚刑にしてしまって溜飲をさげる。極端だが、アメリカの昔においては警官の数が少なすぎるのだろう。それにしてもだ。この裁判の敗北には不条理を認めざるをえない。テンプルがボディガード四人と父にかこまれて法廷から車に乗る場面は、厭味である。

▲ フォークナーがこの小説で肯定的な人物として描いたのは、ホレス・ベンホウ以外にはルービーがいる。彼女はグッドウィンの妻で、密造酒グループのときも裁判のときもグッドウィンの傍を離れない。しかも彼との間に生まれた赤ん坊も抱えているのだ。一回目の殺人事件のときも軍隊生活で海外に彼が赴任中のときも、貞操を守って帰還を待った。しかも弁護士費用を捻出するために働きつめて、それでも足りないとなると弁護士と寝て代金代わりにした。ベンホウにもそれをもちかけるがベンホウはあっさりと断る。グッドウィンという男がいかにも平凡に描かれるので、そこまでしなくてもという感情を持ってしまうが、列女といえるだろう。ルービーは多弁で、みずからの過去と現在の行動に自信をもっていることがわかる。『罪と罰』でラスコリニコフの恋人となるソーニャを思い出させる。無論、あれほどは多弁ではないが。

▲ ポパイにはまったく魅力がない。まあ、こんなやつは一刻も早く死刑にしたほうがいいという気持ちに傾いてしまう。私個人は死刑には消極的ではあるが反対の立場だが……。虚弱体質に生まれながら、物心がつくと動物虐待にはしり少年院送りとなる人物である。のちに書かれた『八月の光』のジョー・クリスマスも悪人だが、ジョーは性のなかに死を透視したという点で普遍性を獲得しているが、ポパイにはそういうものはない。全体としてみれば、この『サンクチュアリ』はアメリカ社会の混沌と無気味さを描き出すことに力点が置かれたと思う。レイプや暴力はそれをさらにいびつにして拡大したものなのか。私には、それはアメリカに根深くはびこる悪しき因習にも思えた。



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