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それでもボクはやってない(2006/日本)

それでもボクはやってない スタンダード・エディションそれでもボクはやってない スタンダード・エディション
(2007/08/10)
加瀬亮;瀬戸朝香;山本耕史;もたいまさこ;役所広司

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 痴漢冤罪事件の裁判をとりあげた映画。同犯罪で逮捕された容疑者の有罪率は99.9%にのぼるという。冤罪を主張して裁判に訴えでた被告においては有罪率はわずかにさがり97%、つまり3%の割合でしか無罪を勝ちとれない。痴漢のような物的証拠がきわめて少ない事件において、この数字はあまりにも異常ではないかというのが周防正行監督の主張である。「疑わしきは罰せず」という裁判の原則がないがしろにされているのだ。また、これほど有罪率が高いことの背景には、取調べ段階で罪を認めれば略式起訴となり、罰金をはらえば即日に釈放されるということがある。裁判を起こすとなると、拘置所に何ヶ月も留め置かれるし、裁判費用も自前ということになる。つまり無罪を主張するほうが物的損失がはるかに大きいのだ。また「被害」女性に対する社会的な同情を意識してか、裁判所がその主張を鵜のみにする傾向が強いこともあるらしい。これらの数値や背景はこの映画で知りえたことである。映画のなかの言葉や数字は忘れやすいが、これらは強く残った。

 事件は、書いてきた内容にぴったり沿うに足りる典型的なもの。つまり個性的に突出した要素はほとんどない。ラッシュ時の電車に駅員に押されるようにして乗った青年の加亮が降車時に前の位置に乗車していた女子高生に「痴漢」と訴えられて、駅員に身柄を確保されるところからはじまる。彼は身に覚えはないが、警察が駆けつけてきてしょっ引かれていく。彼は頑として罪を認めず、結局は裁判を起こすことになる。

 事件に個性がないと書いたが、被告の加亮、弁護士の役所広司、瀬戸朝香ほか裁判長や傍聴人にも個性がない。つまりこの映画は人間一人か数人の個性をきわだたせることが目的ではないのだ。裁判全体の進行の一部始終と、書いたような不条理性を浮き上がらせることが主眼だ。それには人間のよけいな個性はかえって邪魔になるとの配慮で、この点は見事に成功した。もっとも個性がないといっても、平凡ということでは決してない。加亮は最後まで踏んばるし、弁護士の仕事も誠実で非の打ち所がない。無罪の合理性を証拠立てるために多くの人を集めてきて、状況再現のビデオを製作することまでやる。ただ、こういう潔癖さをおしとおす青年や正義感の強い弁護士は、想像の範囲内の人間像であり、それ以上の裁判の場所以外での人間描写は省かれているので、それをさして私は個性がないと書いたのだ。類型的なのだ。

 はたして無罪を勝ち取れるのか、という興味で映画はまた裁判は進行する。ここでたいへんあざやかな場面のいくつかに出あう。弁護士の役所広司が被告の加亮に向かって質問し、加が答える。すると役所が「裁判長のほうに向かって話してください。」と諭す。裁判長の目をまっすぐに見て話すことで心証を少しでもよくしたいとの配慮で、実際の裁判でもありそうな風景だ。また被害者の女子高生が証言台に立ったときは、人権を配慮して大きなついたてが運ばれてきて傍聴人の目から姿を隠す。これは今日では慣習化しているとはいえやはり裁判長の指揮によるのだろう。こういう細部にわたる配慮はあたたかいものだ。理詰めで流れがちな裁判の窮屈さを緩和して余裕を与える役目もある。裁判において映画において、ともにそうだ。また、この裁判では裁判長が途中で交代し、傍聴人の人数を、定員をオーバーさせるか否かで指揮のちがいが見られる。この場面もふくめると裁判長や弁護士(検事においてもそうだろう)には、おおざっぱな言い方だが小さな自由が付与されているといえるのではないか。だがこの「小さな自由」は裁判の判決にはまったく影響をもたらさないのだ。当然のことだが。ここは大きなブラックユーモアで、すぐれたカ所だ。

 判決は予想通りの有罪。先に書いたように「疑わしきは罰せず」の原則は踏みにじられ、もうひとつの原則の「判例主義」が幅を利かせることになる。まるで裁判全体がおおきな生き物のように見えてくる。人間的な呼吸はそのおおきな図体のそこここではみられるが、全体としてはたいへん非人間的である。誰も動かせない。そしてもしかしたらこの裁判が、法の下に厳粛に執り行われたという安心感さえ視聴者にあたえかねない、そういう逆説をも提示する。裁判こそが主役といっていい、緻密さとにがいユーモアがちりばめられた秀作である。

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