大洋ボート

花様年華(2000/香港)

花様年華花様年華
(2004/11/25)
トニー・レオン、マギー・チャン 他

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 独特の雰囲気作りに腐心した映画。香港には昼間や空がないのではないかと思わせる映像世界だ。室内と香港のせまい路地の空気をそのまま外部に延長したつもりなのかもしれない。なんだか地下都市のようでもある。

 物語はトニー・レオンとマギー・チャンが同じアパートの部屋を借りて隣どうしになるところから始まる。親しくなった二人はともに食事をする機会をもつが、そのときお互いの伴侶同士が関係をもっているのに気づく。トニーのネクタイはマギーの夫のネクタイと同じ品で、マギーのハンドバッグもトニーの妻のそれとまったく同じ品だった。つまり同じ品を浮気相手と配偶者に、浮気中の男女がプレゼントしたことがわかったのである。二人はこれをきっかけに親密さを増すが、マギーには目の当たりにした事実はやはりショックである。

 「一線を越えてはならない」とマギーが言うように、二人は肉体関係にはなかなか入らない。マギーの悲しみをトニーがなぐさめるという位置関係がもっぱらだ。二人は愛し合っているようだが、それでいて離婚を伴侶に申し入れて結婚を実現させるという方向にも踏み出さない。マギーが夫の浮気を発見して問い詰めるのか、と思わせる場面があるが、カメラが移動すると相手は夫ではなくトニーだ。「練習」をしているというわけだ。そのときでさえマギーは嗚咽がとまらない。いっそ別れてしまおうと二人で納得しあう場面もあるが、やはり「練習」。こんなような、前進も後退もないいわば停滞の時間がながながとつづく。やがてトニーは香港からシンガポールへと職をえて引っ越すが、マギーもついてくる。それぞれの夫婦生活の過程はどうなったのか、離婚は実現したのか、まったく省略されてわからない。そんなことどうでもいい、とでも言いたげに。

 ウォン・カーウァイ監督はこの「停滞の時間」へのたいへん強い思い入れがあるのだろう。外見的に「不倫」であっても本人たちは大真面目、肉体の生々しさよりも悲しみを純化させようとするのか、宗教的な祈願さえ感じられる。そしてこの「停滞の時間」を男女のなかに少しでもながびかせようとする。長びかせることで何か時間が別の相貌をおびてくることを期待するかのように。地上的なしがらみが、長びかせることで消失してかすかに光輝をはらむのだろうか。だが果たしてそれは実現するのか、残念ながらその答えはない。年月が重ねられてこの男女は結局は別れるなりゆきになったようだが、その経過はこれまた省かれる。むしろ、「停滞の時間」への未練がありありと見えてくる。

 香港もふくめて中国の社会は「不倫」や恋愛関係において二股をかけることに厳しい見方を今もするようで、この映画の男女も無論それを意識するのだろう。哀しみを背負うのだろう。それを打開しようとはせずに、そのさなかにとどまってこらえる、そのなかから新たな時間がもしかしたら恵みとなって立ちあらわれるのではないか、という期待があるのだ。

 この映画はいろんな国際映画祭で作品賞などを受賞したようだ。たしかに独自の映像世界と、それと一体になった男女の関係の世界は一石を投じたのかもしれない。しかし私には、この男女の「時間」は先細りするしかない時間としか思えないのだが。監督はこだわりすぎるのではないか。

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