大洋ボート

ヒトラーの贋札

 強制収用所に送られたユダヤ人サリー(カール・マルコヴィックス)がその腕を見込まれてナチスの大がかりな贋札製造作戦に駆り出される、という話。彼はその技術者、製造者の集団のリーダーにさせられる。収容所でのその作業の過程とともに、戦争、ユダヤ人への虐待の問題が節目節目にあらわになる。

 主人公が根っからの正義漢ではないところが、かえって見やすいのかな、と思った。彼は娑婆にいたころ贋札をつくっていい思いをしたことがある。収容所にきてからは、ナチス兵の鉛筆画をこっそり書いて、わざと見つかるようにして収容所のナチス兵に気に入られる。肖像画制作を彼らにつぎつぎに依頼される。つまり如才のないところがあるのだ。贋札作りに移ってからは、彼ばかりでなく、チームの待遇もわずかながら改善される。藁屑を敷いただけの寝台がふかふかのベッドと白いシーツになる、という具合に。ある若い同僚はサボタージュを盛んにし、決起の機会をたえず窺うが、反対に主人公はむしろそれを押しとどめる立場をとる。
 
 ああ、こんなものだったのかなあ、と思わせるのが作業の様子。小さな機械がいくつかあって、それがたえず騒音を響かせる。紙質と原版ができるまでがたいへんそうで、あとは一枚一枚押し付けていく。大規模ではなく、町工場みたいで、雰囲気がよくでている。そしてポンド紙幣の偽造に成功すると、彼らもさすがに一息つく。なにしろ成功しなければ、彼ら自身が抹殺されるおそれが十分にあるのだから。実際には、彼らはその時点で一目置かれるまでにはなったのであろう。だが、収容所のナチの幹部はたえず彼らを押さえつけようとする。ユダヤ人は人にあらずで、屈辱と恐怖を何かにつけて覚えさせる。そのうちの一人が主人公がトイレ掃除の最中に入ってきて、用を足すと同時に、贋札作りを催促しながら小便を顔に引っ掛けるのだ。将校に少し親近感を抱きはじめた主人公にとってはきわめて屈辱的で、穴の底へ突きもどされた気分にちがいない。また、同僚がいきなり銃殺される場面があり、主人公はそれを塀越しに偶然目撃するが、ここもやりきれない。同様の場面はナチスを描いた映画によく出てくるが、いくら見ても慣れることができない、残酷だ。その直後の音響がまたたいへん効果的だ。こもったような、遠ざかったような響きにかわる。音が聞こえない、世界がくらくらしてとおざかる、狂う、自分自身もまた死に近づくという主人公の心象世界をたくみに表現しえている。それも決して煽情的ではなく、控えめに。

 古い映画で『戦場にかける橋』というのがあった。イギリス人捕虜の待遇改善のため、指揮官の将校がリーダーシップをとって、日本軍のための鉄道橋建設に邁進するという話だった。ここでも似たことはある。病気の同僚のために主人公は薬をナチ将校から手に入れることができた。だが書いたようにナチは、いつ何時贋札チームを抹殺するかわからない。日本軍将校の早川雪舟ほどにはやさしくはない。くどいが、贋札作りが命の保障にかろうじてつながっている、またはそのように思い込んで、彼らは希望を持つしかないのだ。

 カール・マルコヴィックスの表情が、進行につれてどんどん冷静さを増してくるように見えた。この俳優自身がどう考えたのかはわからないが、私には贋札というモノづくりにおいて培われた冷静さが、命を保障されるという思いと同時に、冷静な思考と見とおし、周囲への気配り、そして自信をももたらしたのではないかと思いたいところだ。それでも、やや冷静すぎる印象があって不自然な気もしたが……。そして終戦。収容所の別棟のユダヤ人が押しかけてくる。民族同胞とはとても思えない。汚れきって、飢えと凶暴さをたたえた形相に驚く。戦争とは分断され、隔離されることでもある。その外での出来事などなにひとつわからないのだ。

 
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