大洋ボート

イーユン・リー「不滅」

 この短編集の大半は市井に生きる人が主人公であり脇役でもあるが、「不滅」だけが例外で、一時期、超有名人となってやがて没落する男の話である。それだけに集中、いちばん派手で目立つ。また語り手は「わたしたち」、つまりある町の一庶民の立場をとって、町民なら誰もが共有するであろう「ご先祖様」の伝説と彼らに対する畏敬の念を前提に語る。この町の出身の主人公もまたその伝説を強く意識する。「ご先祖様」とは町から代々出現した宦官たちをさす。
 
 

その葬式は、わが町はじまって以来のとほうもない規模だった。一九〇四年、九番目の月のことである。いまでも葬式の一部始終を、老人たちが語り続けている。白檀を彫った巨大な柩、大量の金塊、絹の服を入れたいくつもの櫃、翡翠の器が入った箱の数々。すべてはあの世で母親がつかうためなのだ。さらに目を見張るのは、山に住む貧しい農民から買った十二歳の少女四人である。彼女たちはそれまで夢にも見たことがないような繻子の服を着せられて、一杯の水銀を飲まされる。するとあっという間に死んでしまうため、その桃色の肌は、輿に乗って柩の先を行進する間も保たれる。火のついた香をにぎらされ、四人の少女は忠実な侍女としてあの世まで母親のお供をするのだ。



 残酷ではあるが、絵巻物のようなきらびやかさを受け取ってしまう。宦官の頂点にたった男が、すでに死んだ母親のために催した二度目の葬式の模様だ。その男は子供時代、子供どうしの喧嘩の際、異常なまでの闘志をふるいたたせた。そうしてみずからの手で局部を切り取ってしまったのである。宦官となって出世して見返してやろうとの思いだが、彼には男兄妹がいなかった。通常は宦官をめざす場合は、他の男兄弟が将来結婚して子孫を絶やさないようにするのだが、彼はそんなことは頓着しなかった。夫にも先立たれていた母は悲しんで自殺した。だが彼はのちに望みどおり宦官になって、同じ身分のうちで最高の地位にまで登りつめたのである。やがて引退して故郷にもどり、引用したように、母の棺を掘り返してふたたび弔ったのだ。「このご先祖様の物語は、わが町の歴史上もっとも輝ける一頁」だと語り手は書く。「わたしたち」の最たる誇りなのだ。

 そうして時は移り、革命後の共産主義国家新中国の同じ町で、この最大の「ご先祖様」をも凌駕しようかという人物があらわれる。独裁者にそっくりな顔をした子供である。(「独裁者」とは名前こそ明示されないが毛沢東であることは明らかである)母と子一人の家族というところ、町の子供仲間にいじめられるという場面など、偉大なご先祖様のなりゆきと酷似している。その場面は印象的だ。それは飢えが国中に蔓延したころで、空から落ちてくる雀を子供たちがわれ先にひろい集めて食料にする。その子は父親が「反革命分子」として処刑されたためいじめられて、雀をとりあげられそうになる。暴行も受ける。だがそこへ母親が助けに入ってきて「この子の顔を見なさいよ。」といって、ほかの子供に食ってかかる。なるほど傷ついた顔からは最高指導者のおもざしが髣髴と浮かんでくる。「不敬罪で訴える」とすごまれて、子供たちは引き下がる以外になくなってしまう。

 それが彼が十歳のころで、以後成長するにつれてますます独裁者に似てくる。町の人も戸惑いながらも認めざるをえない。革命以降、毛沢東の神格化は常識をはるかに超えて浸透した。本編にも書いてある。彼の父は独裁者に対する皮肉を酒場で言っただけで処刑された。主婦が壁紙につかっていた古新聞がさかさまで、当然そこに見出しで出ていた独裁者の名前もさかさまになって、それを見咎められて同じく処刑されたという。そんなことが不思議ではない時代だった。当時の人にとっては無論恐ろしいことで、「そっくりさん」のあつかいもまた慎重すぎるくらいでなければならなかった。やがて高校卒業後、彼は普通の仕事につくのはまずいのではないかとお偉方が相談しあって「革命委員会の諮問機関の議長」に選任される。特に仕事もない名誉職なのだろう。それでもまさに瓢箪から駒、出世である。母も子も、父のことで怨みを独裁者に向けることはなかった。若い女にももてて見合い話も殺到する。だが相手が偉大すぎてみえて、近づくことを過度に恐れる人々も同時に出現する。このあたりの周囲の反応が目に見えるように活き活きと描かれる。

 語り手「わたしたち」は偉大な「ご先祖様」をたえず意識し、彼にその再来を夢見る。彼もまた同じだが、それにくわえて現在の独裁者をも意識し、近づく気分だろう。中国国民全体が独裁者についていった時代だ。「原爆を落とされてもまだ半分の二億五千万人が残っている」と独裁者は、アメリカとの戦争を展望して言い放った。無茶苦茶だったが、それでも国民はぼんやりとだが覚悟を決めて彼のその言葉を受けいれたのである。語り手も主人公も同じだったろう。そして独裁者にもやがて死ぬときがくるが、威光はいっこうに衰えることはない。主人公は独裁者専門に演じる俳優(「特型演員」と呼ばれる)のオーディションに応募し見事合格する。そのあとは映画を撮ったり、イベントに出演したりと忙しい。中国全土をめぐって歓呼と拍手で迎えられる。このあたりが主人公の人生での頂点である。

 だが時代は移りかわる。次の独裁者があらわれ資本主義化政策をとると、さすがに前の独裁者のことは次第に忘れられる。また側近の医者の書いた暴露本(邦題『毛沢東の私生活』)が地下出版されて、その威光も色あせてくる。主人公もちやほやされなくなる。独裁者を演じることが彼にとっては「存在理由」であったが、その需要もなくなる。だが身も心も独裁者であることをやめられない彼は、バランスをくずす。スキャンダルを引き起こして全国に知れわたることになる。例の暴露本の影響で女漁りをして最悪の結果をまねいてしまったのだ。「特型演員」の地位も剥奪されて彼は故郷にもどってくる。

 読みとばしてしまうヵ所がある。彼はずっと独身であり、また童貞でもあったという。前者はみずからの地位にふさわしい最高の女をもとめつづけたから、という理由でとおりそうだ。だが私は後者に関しては腑に落ちない感じを持った。しかしそれは「噂」であり、そうあってほしいという思い入れだろう。「ご先祖様」の宦官を語り手が彼に二重写しするからではないか。そこからさらに彼自身もまた「ご先祖様」にみずからを二重写しするのではないかという推察も生じてくる。それなら童貞であってもおかしくはない。小説的事実よりも、そういう心理的願望の堅さが尊ばれている気がした。

 結末はショッキングである。没落してしまった自身への絶望であることは勿論だが、もうひとつはやはり「ご先祖様」への畏敬の念にすがったということもあるだろう。「殉じた」と書くと正確ではないが、同等の切迫感がある。

事件の夜、寝ているところに尾を引く遠吠えのような声が聞こえてきたので、わたしたちは夜の冷機の中へ飛び出す。そして墓地で彼の姿を見つける。ご先祖さまの伝説を聞いて育ったとはいえ、その光景には骨の髄までぞっとする。こんなことをして何の意味があるのだろう。



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