大洋ボート

ハンニバル ライジング(2007/イギリス・チェコその他)

ハンニバル・ライジング スタンダード・エディションハンニバル・ライジング スタンダード・エディション
(2007/08/24)
ギャスパー・ウリエル;コン・リー;リス・エヴァンス;ケビン・マクキッド;ドミニク・ウェスト

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ハンニバル(ギャスパー・ウリエル)という男の復讐物語。第二次世界大戦中のリトアニアで彼の一家は彼をのぞいては全員が死亡。しかも幼い妹は、盗賊民兵によって「食料」にされて殺された。ハンニバルは成長して、それら元民兵を探しだして、つぎつぎに残酷に処刑していく。

彼が身を寄せるのが、死んだ叔父の妻で日本人(コン・リー)。彼女の一家も原爆投下によって死亡していたという理由で、コン・リーはハンニバルに同情し支援する。しかしここは異和感をもってしまうところだ。原爆を投下したアメリカに対して、復讐心を抱いた日本人は当然いたであろう。だが事態はそれほど単純ではない。原爆投下はむしろ日本人と日本国家の戦闘意欲をくじけさせる効果としてはたらいた面のほうが強いと私は見る。また、戦後の政治運動には、動機として反米ナショナリズムが根底にあったのかもしれないが、左翼イデオロギーや日本国家への怨恨をも同居させていた。だから復讐ということにすぐさま共感してしまうことには、つまづく感覚を覚える。しかしそれもこの映画を「時代劇」として見れば、納得してしまえるのかもしれない。背景は戦争から1950年代であるが、時代劇は物事を単純化するには都合のよい器なのだから。また、肉親を残酷な手段で殺された人に対する同情ならわからないことはない。日本文化に対する誤解といえるものはほかにもある。たとえば、武将の鎧かぶとだが、あれを宗教的信仰の対象にするのは、きわめて珍奇である。

もうひとつ。外国人が日本刀を振り回すと残酷な印象が増す。私たちは「殺陣」という日本独特の様式美に慣れきっているので、日本映画でそれこそ時代劇の切り合いの場面を見ても、ことさら残酷感は抱かない。あるとすれば、切り合いの状況が新しくなったときか。それまでの美剣士から着流しの侠客に主人公が入れ替わったとき、日本刀はたいへんリアルかつ残酷に見えた。しかしそれも様式化されるにつれて、その印象は薄まった。だがそこへ外国映画の日本刀が割ってはいると流れが断ち切られて、また新たに残酷感が生まれる。わざわざ書かなくてもいいことかもしれないが。

ギャスパー・ウリエルは役にふさわしい面構え。この映画の空気を一人でつくっている。


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