大洋ボート

帰郷(1978/アメリカ)

帰郷 [MGMライオン・キャンペーン] 帰郷 [MGMライオン・キャンペーン]
ジェーン・フォンダ、ジョン・ボイド 他 (2007/01/19)
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン

この商品の詳細を見る

 ベトナムから帰還した傷病者が収容されている病院がおもな舞台。冒頭近く、ビリヤードをしながら元兵士たちが議論する場面がある。議論が白熱してきて、ある男が憤懣をこらえた表情で「戦争がまちがっていたというのなら、おれはなんのためにこんな傷を背負ってしまったんだ!」と吐き捨てる。せめて戦争の「正しさ」が確信されることをもって、慰みを得たいのだ。また、精神に変調をきたして歌がうまく歌えなくなった青年がいる。周囲のいたわりにもかかわらず、彼はあっけなく自殺してしまう。このように、重症や後遺症をこうむってしまった者にとっては前線からはなれても、戦争は意識から消えることはない。またその空気は周囲の健常者、ひいては社会全体に瀰漫してしまう性質のものなのだろう。一九七〇年代のアメリカを垣間見る気がした。

 その病院へ看護助手としてやってくるのがジェーン・フォンダ。彼女の夫もまた徴兵されてベトナムへ赴任したばかりだった。ジェーン・フォンダは夫を見送ったあと、奉仕精神を発念させて、女友達がかねてから勤務するその病院に来て、かいがいしく傷病者の世話をする。やがてハイスクール時代に顔見知りだったジョン・ボイトと再会し仲良くなる。彼もまたベトナム帰りで下半身不随の身になっていた……。

ジェーン・フォンダがうつくしすぎてちぐはぐな感じがした。健康で無垢で奉仕精神に満ちていることがいいとはかぎらない。元兵士たちの重くよどんだ空気を最後まで解しようとはしないように見えた。カマトトいう言葉が私のなかで浮かんだが、そういうことではない。自分のやっていることが正しいという自信の内部でしか動いていないのだ。ジョン・ボイトと肉体関係をもつのは、映画としては自然な流れであり、「不倫」のうしろめたさもないことも納得できる。ボイトも幸福をえられた。恋愛がその中心から一対の男女に幸福を発散することもよく描けている。しかしなんだか、ジェーン・フォンダによって、一本の映画のなかで二本の映画を見させられるような不可解さをもたざるをえなかった。

こういうことだ。戦争で重傷を負ったことで恒常的な不幸の感覚におおわれた。それに耐えながら、戦争や時代や自分についてしきりに考えること、それを通じてなんらかの出口を見出そうとするのは、結局は自分ひとりでしかできないことではないのか。また出口は簡単には見つからないのかもしれない。他方、そういう不幸な人々への奉仕といたわりも大事で、負傷者はなぐさめをうることができるのかもしれない。だが、それでもって即、前者の課題が克服できるものでもない。たしかに両者は連関する側面もある。不幸の感覚は別の幸福でやわらげられることもあるだろう。また奉仕することからははなれるが、年月の経過ということも、不幸をいくぶんか忘れさせる効果があるだろう。しかし決して、自分や戦争や同時代についてじりじりと考えることが軽視されてはならないのだ。この映画ではその辺が、両者の区別と連関ということがほとんど作り手によって意識されていないのではないかという危惧を、私はもったのだ。

戦争のような大きな出来事を通過すると、人間は変わるものかもしれない。そのもうひとつの例が、ジェーン・フォンダの夫だ。ベトナムで休暇をえていっとき香港に移動し、そこに妻を呼び寄せるのだが、妻からまた視聴者から見ると明らかに様子がおかしい、表面はとりつくろってはいるが隠し事をしているように見える、暗い。それが何であるかはわからない。こういう何気ない場面にも戦争の真実が隠されているように思える。やがて夫は自傷行為によって、つまり自分の手で膝に拳銃を撃って負傷してアメリカに帰ってくる。本人は事故だと主張するが……。そのときも彼はバツの悪そうな顔つきだ。しかし妻のジェーン・フォンダは夫を深く追求することはない。放置することが思いやりとでも考えるのか。

 家庭内で妻が、病院内で看護助手が、明るく自信家でてきぱき動いてくれれば、それ以上何も言うべきではないのかもしれない。男として患者として身にあまる快適さを得られるのかもしれない。相互理解がまったくなくても、美女が天使のように舞い降りてきて世話をしてくれるなら、重い課題さえ消えてしまうものかもしれない。そういう意味でのジェーン・フォンダの起用であればこの映画は成功している。ジェーン・フォンダほどでなくても異性と同じ時間を過ごすことの幸福を私たちは知っている。だがやはり、このテの映画を見るのなら、私たちは人同士の理解のしあいを、あるいはその試みの失敗の光景をこそ見てみたいという欲求を抑えがたい。現実の生活が円滑に運ばれるかどうか、という問題とは切り離して考えたいのだ。

 批判としては、的からややずれている気がしないではない。しかしジェーン・フォンダひとりがこの映画で浮いている印象がぬぐえなくて、それを掘り下げてみた。
関連記事
スポンサーサイト
    00:05 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top
Comment







(編集・削除用)


管理者にだけ表示を許可
Trackback
http://oceanic.blog70.fc2.com/tb.php/126-75f271d7
プロフィール

seha

Author:seha
FC2ブログへようこそ!

カレンダー(月別)
07 ≪│2017/08│≫ 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
カテゴリー
月別アーカイブ
全ての記事を表示する
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
ブロとも申請フォーム
ブロとも一覧
ブログ内検索
RSSフィード
リンク