大洋ボート

ユベール・マンガレリ『おわりの雪』(1)

おわりの雪おわりの雪
(2004/12/10)
ユベール・マンガレリ

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 青年が報酬を受け取って、飼い主が居なくなった犬を捨てに行くという話しが中心になっている。彼は骨董屋で見たトビ(鳶)が欲しくて欲しくてたまらない。だがそれを買うには彼の手持ちの金ではとどかない。小遣いをこつこつ貯めることを当初は考えて実行したが、いつトビの買い手が出現して引きさらっていくかもしれず、気が気でない。そんな彼にとって犬の「処分」の話は、渡りに船かとも思えた。報酬はトビの購入にとって十分な額だった。だが一つの生命を得るために別の一つの生命を捨てることは、さすがに青年にとってはうしろめたい。しかも犬の飼い主であった老婦とは生前親しかった。養老院でのアルバイトで、散歩の手伝いをしてやり、話し合った仲だ。老婦が犬を可愛がっていた光景も目の当たりにしている。

 季節は冬。青年は小さな町の駅から、除雪されていない線路に沿って犬を連れて歩いていく。とおくに見えた丘を越え、鉄橋を越え、平原に出る。その間青年は犬の首に結わえてあった綱をほどきポケットに入れる。だが犬は当然彼を覚えていて、見えなくなったと思ったらまたもどってくる。その繰りかえしだ。トビのことを思い浮かべて心を軽くしようとするが長続きしない。だが青年は歩く。犬を捨てるためか、報酬をうるためか、(前もって全額を渡されているのだが)理由の明確さがしだいにあいまいになっていくまま歩いていく。「処分」をやめることはついに決断できないまま、厳寒と疲労にさいなまれながらも、みずからに鞭打つようにどんどん歩いていくのだ。読者の私には「悲しみ」という言葉が台頭してくる。だが主人公の青年は、なにかしらその言葉を認めたがらないようだ。その感情から、また犬から逃げるようにただひたすら歩く。だが私には悲しみが彼の外側から、彼に締め付けるように近づいていく気配を感ぜざるをえなかった。悲しみとは元来そういうものかもしれない。自分のなかに悲しみがあるかないか、そう問われたならば、ないと答えるしかない。だが自分の近くの外側にはあるのではないか、私はそんな風に思ったことがある。凍った沼をわたったところで濃霧に見舞われるときの描写。

 霧がでてきたのはそのときだ。きゅうに夜になったみたいに、みるみる暗くなった。遠くで地平線がぼんやりとかすみ、いまにも消えてしまいそうだ。あたりは灰色と乳白色だけの世界。十メートル先はもう見えない。また急ぎ足になった。雪の音が足もとでさくさくとひびいた。ぼくはなんにも考えないようにして、ただ小刻みに足をうごかした。まるで夢のなかを歩いているようだった。たしかに前へすすんでいると教えてくれるものが、まわりになにもなかったから。
 なにかにつまずいて、ころびそうになった。そしてその瞬間、気づいた。ぼくは犬を引きはなそうとしているのではなく、犬から逃げているのだということに。それはもう、どうしようもなくおそろしいなにかだった。ぼくは歩きながらおしっこをもらした。おしっこのために立ちどまりたくなかったのだ。ももからひざまでが、しっかりとなまあたたくなり、たちまち冷たくなった。なにかが耳元でぶんぶんうなった。遠くを走っている汽車みたいな音。でも、すぐにそれは空想のなかの音だとわかった。ぼくよりも、ぼくの想像力のほうが、このしずけさをこわがっている。(p91)



「おそろしいなにか」とはなんだろう。犬や犬をふくめた全体のおそろしさだろう。人生の根本理念をおぼろげに指ししめすもの、罰を用意して監視するもの、「神」という言葉をつかうならばそういうものにあたるのだろう。さて、とうとう犬はこの濃霧のために青年のまえから姿を消す。彼はそれでも歩きとおすのは、犬から、あるいはほかのなにかからもっと遠ざかりたいがためだろうし、まとまった考えもなしに単に「歩くリズム」を手放すことをもおそれるからかもしれない。惰性かもしれない。国道にまで達するとすでに夜で、車がライトをつけて走行している。乗せてもらって帰りたいが、明確に合図を送るでもなく見送ってしまう。この場面も哀切感が漂う。やがて主人公は雪明りをたよりに元来た道を引き返すのだが、犬の足跡を発見する。無残だ。途中で切れて行く先はわからなくなっているのだが。

 主人公はフリーターだろう。年齢は不明だが学校へは通っていない。父母との三人暮らしだが、父は病によって寝たきりなので、定職について少しでも多く金を家に入れたほうがよさそうなものだが、やろうともしない。そして父もそういう息子を擁護し同調する気配がある。夢見がちな人同士のもたれあいのようなものを受け取れる。母はどうだろうか。そんな父子をあたたかい視線で包むようにも、諦めているようにも両方とも受け取れる。母は夕方以降働きに出ている。そうせざるをえないのだろう。

青年のアルバイト先は養老院で、中庭にでてきた老人の散歩の手伝いをすることだ。それによって老人たちからチップをもらうのだが、チップは無論一定ではなく、冬の季節ともなると一人も出てこないことも多く、収入は不定だ。そんな彼が骨董屋でトビを見つけ夢中になってしまう。彼はまた中庭をよく見とおせる部屋の管理人ボルグマンとも仲がよく、しばしば話をして帰っていくのだが、そこで管理人が、金になる仕事として犬の「処理」をもちかけたのだ。直接の依頼は勿論ボルグマンが受けたのだが、手を汚したくなかったのだろう、彼にその仕事をまわしたのだ。青年は彼に遠慮があったのか、金への誘惑にうち勝ちがたかったのか引き受けてしまう。その少し前にも、管理人は青年に子猫殺しを依頼している。青年は心中穏やかではなかったが、すぐさま管理人の前でそれを実行してしまった。袋に入れて桶の湯の中に押しこんで窒息させてしまったのだ。こあたりが、はじまりから前段までの仕組みだ。小説としては、犬をつれて鉄道線路に沿ってながながと歩行する場面が一番白熱する。だが後段においても、読者の目をきびしく覚まさせるような場面にであう。
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