大洋ボート

フォークナー『八月の光』(6)

  男性の性とは繰り返すことではないか。また単純でもある。露骨に言えばペニスの抽送運動がもっぱらで、それ以外にたいしたことがあるのでもない。だがそれは身体運動の面でとらえた場合で、精神面では、相手の女性がどういう反応をし姿態を見せるかに注目する。こまかい動きまでも瞼に焼きついてくる。それによって性的快感を維持する。女性が歓べば、その姿を見て男性も歓ぶ。だが男性が同じことをしても、女性がことさら歓ばない場合が、無反応な場合がある。人がちがえば同じ女性でもそれはありうるし、ひとりの女性のなかでも、性行為のなかでいつも同じ反応を示すともかぎらない。これは男性の側がすぐにどうこうできるものではないだろう。男性にとっては謎で、女性の意思と身体にゆだねる以外にはない。女性自身にもコントロールが十分にできないものかもしれない。また女性の性にはたいへん奥深いものがあるらしい。男性に比べると、その意識を失うまでの快感は比較にならないほどかもしれず、それがひいては人生観までも変えてしまう結果をもたらすこともある。ジョアナ・バーデンは一時的にそういう事態に陥った。

  ジョアナは四一歳まで処女であり、三二,三歳のジョー・クリスマスの乱暴によってそれを破られた。以降ジョアナは二年間彼と関係をもち、やがて性の深淵に落ちることになるが、最初からそうだったのではない。作者はジョアナにおける性の変遷を三段階に分けている。第一段階は、ジョアナはまるでジョーとのあいだに関係などなかったかのごとくふるまう。ジョーに対する態度は何も変わらない。話し合うことは関係ができた以前とまったく同じく少ない。彼女の二階の書斎に呼んで話し合うことはなく、家の敷地内で短く立ち話をする程度。つまり、ジョーに馴染もうとはしない。作者によれば、彼女には固い防護意識が完成されて備わっている。

   彼女の祖父と父は黒人援助の運動を政府から要請された身分で、ジョアナもそれを引き継いでいるようだ。また詳しくはふれられていないが、黒人問題に絡んで祖父と異母兄は何者かに射殺されたという歴史がある。ジョアナが生まれる前のことだ。(フォークナーの別の小説に経緯が書かれているらしい)そういう運動者にとってのみならず、黒人とは白人全般にとって「重い影」のような存在で、彼女自身もそれを自覚している。黒人は「神によって呪われた存在」で、それを差別する者も援助する者も、白人にとってはいずれも「重い影」として身に纏わされることになる。「固い防護意識」とは、ながく黒人援助の運動にたずさわってきた彼女の歴史が、彼女に身につけさせたものだろう。生半可な覚悟ではつづけられない、それ以上のものを彼女は日々みずからに形成してきた。だからちょっとのことではそれは揺れないということだろう。流れ者にセックスを強要されたくらいでは。ジョアナのプライドでもある。

この第一段階で他に指摘したいことがあるとすれば、彼女は性について自問自答していると私は見る。それもあくまで「性」そのものについてであって、ジョーという個人に思いをめぐらすのではない。彼はその段階では唾棄すべき存在でしかない。性に対して好奇心をにわかに抱きはじめたのだ。だがまったくの束の間の体験でしかないため答えを出せない。重要なことなのかどうかはわからない。そしてそういう自身の心の働きを隠す。自分自身に対して隠すのだ。たしかにジョアナのそれまでの人生には性がなかった。これからもそれはなくてもかまわない。父から受け継いだ黒人援助の運動こそが自分に課せられた義務である。そんな風に切って捨てるのだろうか。また享楽のための性がキリスト教的倫理に反することも、彼女は重々知っている……。また防護意識の表れとして、ジョーの目からも心の動きを隠すのだ。

他方、ジョーにとってはジョアナは、家出以来流れ者となって何人もの女と関係してきた彼のような男にとっては、初めてのタイプだっただろう。最初に関係を持った娼婦ボビー以来、何も書かれてはいないが、彼は女性に対してはたぶん、性急なセックスと暴力をもちいて征服してきたのだ。そしてそれによって崩れるようにねんごろになって、しなだれかかってくる、ジョーにとってはほとんどすべての女性がそうだっただろう。だがジョアナはそうではないのだ。性的関係をつくってもねんごろになれないどころか、固い壁がある。色恋のおもしろさはまるでなく、ジョーは憎しみさえ抱く。だが、ふりかえってただしておくべきだが、ジョーは通常の人からみてやはり悪党である。独身女性の家におしかけて居座り、食事の世話になり性的関係までつくるという彼の行動は弁護の余地はない。ジョー自身はそんなことにうしろめたさを持つ男ではなく、作者フォークナーもあまりに彼に添い過ぎるので、読者はついそういうことを忘れてジョーに肩入れしてしまうが……。二回目に関係を持つ際の彼の心理描写。夜、ジョアナの部屋を急襲する。

しかし女は逃げなかった。ランプが消えたときにいた場所に、闇の中にそのままの姿勢で立っていた。そう気がつくと彼は女の服を引きはぎはじめた。その間も緊張した冷たい低い声で女に言いつづけて、「おまえに見せてやる! この牝犬に見せてやるぞ!」女は何の抵抗もしなかった。いやほとんど彼の手助けをしているようで、どうしても脱げないときには手足の位置をかすかに動かしたりもした。だが彼の両手の下で、その肉体は硬直のはじまる前の女の死体を思わせるものだった。しかし彼は思いとどまらなかった、彼の両手は激しく性急に動いたが、それはただ強い怒りからだけだったのだ。『とにかく俺はとうとうこの女から女を引っぱりだしたんだ」と彼は思った、『さあこの女は俺を憎むぞ。俺はこの女に憎しみだけは教えたわけだぞ』(308p)



だが、その夜以後もジョアナの態度はまったく変わることがなかった。ジョーは屈辱感さえ抱き、ジョアナに接近することもなくなる。彼なりの意地である。次のねぐらをもとめて逃げ出すことも考えたが、三十歳を過ぎてすばしっこさが衰えたのか、居心地のよさを覚えたのか、さらに居座ることになる。その間、彼は製板工場に勤めに出始めると同時に、ウイスキーの密造にも手を染める。「第二段階」を招来せしめたのはジョアナの方からである。ジョーに添ったフォークナーの言葉にしたがうと、あっさりと「降伏」してしまう。
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