大洋ボート

街のあかり

 これは好きな映画だ。主人公と似た境遇にある、かつてはそうだった、あるいは主人公と共通した資質をもっている、そう受け止められる人には好感が持てるのではないか。少なくともその素地はある。逆に主人公に馴染めない人は、それだけ健全で明るく前向きで、常識的な人となりであるのかもしれず、こんな映画など歯牙にもかけないのかもしれない。十把ひとからげは危険だが。

 ヤンネ・フーティアネンは小さな警備会社につとめている。格別な技能を必要とする職種には見えないから薄給なのだろう。それを嘆くことから来るばかりではなく、彼は陰気で人付き合いが下手なようだ。会社幹部の受けもいいようには見えず、仲間との語らいにも加われない様子で、独身でアパート住まい。いつも考え事をしたり、ぼんやりしてとおくに思いを馳せる表情を、アキ・カウリスマキ監督はしきりに撮る。彼は、会社設立の夢を以前からもっていて銀行に融資を掛け合うが、担保物件がなく、あっさり断られる始末。幼稚で夢に手がかりを与えられないのだ。ヤンネ・フーティアネンは出口のないそんな自分自身の状況をなだめすかしながら、何年も同じ生活をつづけているのだ。

 カメラとは小説の文体とちがって機械的な性質がある。作家が登場人物を描く場合はどうしても好悪いずれかの判断がつきまとう。アキ・カウリスマキはカメラのそういう性質を利用して、好悪の色づけをできるだけ排除して、主人公を冷たく突き放すようにして画面に収める。カメラはできるかぎり動かないし、ズームも極力避ける。極端ではないが、長まわしの方で、全体的に静かだ。それにけれん味がまったくない。主人公はじめ登場人物はすべて芝居をしているのだし、監督もそれを指導しているはずだが、カメラは一見目の前のそういう事態に無関心を装うかのようで、また映った事象は好悪の区別をつけずにすべてをニュートラルに定着させてしまうかのようだ。そして飛躍するつもりはないが、このカメラの独特の作法が、主人公ばかりではなく、私たちをとりまく人生や社会の厳しさ、冷たさの感触を実に即物的に表現しえているように感じられる。さらに、フィンランドの冷たい気候の感触もそこに噛んでくる。

 同じ場所で暮らすのなら同じ風景が見える。テレビやラジオをつけなくても誰もが耳にする流行歌や伝統歌が鳴り響く。頭の中でもそれは聴こえる。環境とはそういうものだ。働けばわずかでも報酬がえられて、なんとか生活できる。だがそれ以上のものは与えられない。すがろうとしても突き放されてしまう。そして環境はまるで不動で人と密着してありつづける。フィンランドの港湾都市の風景が、背景に流れる歌(そのなかには日本人にも馴染みのメロディもある)が、そういう環境がもたらす変わらなさの感覚を再現している。いつも訪れるカフェがある。屋台の店がある……。これはほんとうは身を切るような痛切さを孕んでいるものかもしれない。だが馴れるにしたがって私たちはその感覚を忘れ、快適さにしだいに置き換える。

 主人公に女が近づいてくることで物語が始まる。カフェでひとり飲んでいるときに女の方から声をかけてくる。青年よりも年上で美人でもないが、洗練された雰囲気をもっている。デートに誘うと、あっさりとついてくる。女に魂胆あってのことだと視聴者には丸わかりだが、青年は理解が遅い。またいやらしい若さゆえの色気も持っている。肩に手をおそるおそる掛けようとすると、やんわり払いのける女。その仕草も慣れたものだ。好意も何もない、女は青年の傍にいるだけなのだ。青年にも強引さはない。そして警備会社社員としての彼から宝石店の情報をえようとする……。

 ヤンネ・フーティアネンは意図して情報を売ったのではなかったが、結果的にそれは犯罪組織に渡り、宝石店は盗難に会う。彼は処罰を免れることはできず刑務所暮らしとなる。だが何故か、ほんとうに理解に苦しむが、青年は背後の女のことは警察には喋らなかったのだ。そして出所後、その女と彼女の愛人である犯罪組織の男にばったり出会う。そのときの二人の青年に対する視線が凄いといえば凄い。まるで青年がそこにいないかのような、彼が塵かなにかのような侮りが、空気のように当たり前に込められている。つねづね彼らは青年を「負け犬」と呼んでいたのだ……。怒るべきときには怒らねばならない。あるいは、青年からは怒りというものは引いてしまっているのかもしれない。だがプライドはある。それは「夢」とも通低する。ここで何もしなかったなら俺は俺でなくなる、そんな切羽詰った感情に身を任せてしまうフーティアネンだが……。

 そのあとの展開はすっ飛ばす。返り討ちにあって倒れたフーティアネンにある女性の手がさしのべられる。この映画の、そしてカメラの唯一といっていい暖かみを直に感得できる場面だ。ああ、これはほんとうにありがたいことだなあ、と私は素直に思った。心配してくれる人が、泣いてくれる人がいる。青年が手にした僥倖だ。平凡な言い草だが、人生にはいいこともある。ヤンネ・フーティアネンは息絶え絶えに言う。「ここでは死なない」と。この言葉も力強い。「死なない」これが青年がつかみとった最低限の、だがかけがえのない希望だ。私は声援をおくるしかない。
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