大洋ボート

重松清『トワイライト』

 二一世紀にはいって、小学六年生当時の同級生だった人々が集まる。卒業時に校庭に埋めたタイムカプセルを開封するためだった。六〇年代初めの生まれの彼らは四〇歳を目前にしているが、はやくも人生の盛りを過ぎてしまったような自覚を抱いている。リストラされたり、離婚寸前だったりと……。まさに「トワイライト」だ。小学生当時の「バラ色の未来」、つまり脚光を浴びた彼らの住まいだった「たまがわニュータウン」や一九七〇年の万博で象徴される未来は何処へ行ったのか。そんな彼らが、長いブランクを越えてあらたに交際をはじめるのだが。

 私が印象に残ったのは、安西徹夫と真理子の夫婦。彼らだけが当時の同級生仲間だ。徹夫は小学生の時は体格も立派で、スポーツも勉強もできて、いじめられっ子を助けたこともあるヒーローだった。そこを見込んで真理子は彼を結婚相手に選んだのだが、期待に反していた。徹夫は転職をくり返す。独立を目指して起業したこともあったが、真理子の親の金を食いつぶしただけで破綻し、さらに転職を重ねる、という具合だ。夫婦喧嘩が絶えず、真理子は何回も暴力をふるわれる。彼女が元同級生の高橋に愚痴る。

……負けず嫌いって、二種類あると思うの、わたし。負けるのが嫌だから、その場所で必死にがんばるひとと、負けるのが嫌だから、そこから逃げちゃって自分の勝てそうな場所を探すひとの二種類。

 真理子は徹夫が後者の部類の人間だという。「小学生のころはたまたま負けるような場所にいなかった、それだけのことなのよ。」とも。彼女の夫に対するこの分析は当たっているのかもしれない。「正しい」のかもしれない。だが私は、冷然とした評論家的態度が気になる。こんな奥さんに傍にいられたら堪らないだろうなあ、と思わずにはいられない。たぶん、真理子は夫を前にしても、こんなことを思わず言ってしまうのだろう。言わないまでも、そんな空気を発散させてしまうのだろう。だが「正しい」ことでもずけずけとは、言ってほしくないものだ、夫としては。職業がうまく行かないのは面白くないに決まっているが、それは当然、夫自身も自覚するところだろう。それにくわえて、こんな空気をつくられると参ってしまって、二重苦になってしまう。「正しさ」には真理子という女性の誇りさえも入り混じっているのかもしれない。真理子自身も、その言動が夫にプレッシャーをかける結果になってしまっていることくらいは、わかっている。だが、この女性の性分としてやめられない。夫の徹夫もまた、そんな妻に強引に対抗心を燃やすのか、「一発逆転」をねらって高い歩合性の付いた営業職を転々とする。現在の職場が悪徳リフォーム業者とは、出来過ぎているが。
 
 次の言葉はどうだろうか。

「ウチがもうだめになりかけた頃、阪神大震災があったじゃない。わたしね、テレビ観ながら思ったの。すっごいたくさんひとが死んで、家も壊れて、家族とか家とかを失って悲しい思いしたひとはたくさんいるけれど、ひょっとしたら、地震のおかげで、もう一回我が家をやり直せたひともいたんじゃないか、って、明日みんなで一家心中しようと思ってたら、地震が来ちゃって、たまたまその家族は生き残って……そうしたら、もう一回やり直してみようかって気になるよね。そんな家族って、いたような気がしない?」
 (略)
「まあ……そんなこと言ってると、神戸のひとに怒られちゃうと思うけどね」


 どす黒い、これは。現在の不幸から見ると、直接は関係のない阪神大震災という大きい不幸さえもうらやましく思えてしまう。不幸を別の不幸に置き換えることによる自分や家族の変化を期待する。感傷だが、破綻した夫婦関係からごく自然に生まれてしまう感傷である。不幸を実感した者でないと、出てこない言葉だ。これを聞くのは夫ではない、かつての同級生の高橋。同情してしまうが、同情ではとてもとどきそうにない深淵をのぞいた気がしただろう
                           
 この夫婦がどうなるか、高橋と真理子の関係がどんなものか知りたい方は、読んでください。
                          (文春文庫)










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    01:22 | Trackback : 0 | Comment : 2 | Top
Comment
2006.06.15 Thu 22:12  |  seha #5AVaQqHA
secretさん、コメントありがとう。
更新頻度にとらわれず、ゆっくりとやっていきます。
こんばんは  [URL] [Edit]
2006.06.13 Tue 23:20  |  secret #aIcUnOeo
履歴からきました。ご来訪ありがとうございます。
できたてホヤホヤのブログですね。本を題材にしているのに親近感を覚えたりして・・私のは、書き抜きだけですが・・。
またきます。
はじめまして  [URL] [Edit]







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